その執着は、花をも酔わす 〜別れた御曹司に迫られて〜


『んっ——あ……』
『花音』
『見ちゃ……だめ』
『なぜ? こんなにきれいなのに』
『だって——ぁんっ』
九年前、初めて身体を重ねてから、私たちは会うたびに互いの体温を感じ合った。
それくらい求め合っていたから。
もちろん付き合ってしばらくした頃には、私もさすがに彼が碇の御曹司だということには気づいていた。
だから、いつかどこかで別れが来るんだという覚悟ができているつもりだった。


『え……?』
付き合って一年以上が経った頃。
ただの大学生だった私には不釣り合いなホテルの高層階で、彼と夜景を見ていた時だった。
『だから、結婚して欲しいんだ。俺と』
彼の手には小さな箱に入った指輪が輝いている。
『……でも、成貴さんの家は——』
私なんかじゃダメだって、いくら子どもでもわかってた。
『もちろん、婚約したからってすぐに結婚できるわけではないと思う。だけど、俺がちゃんと誰からも認められるくらいの立場になって両親を説得する。花音のことは俺が守るし、大事にするから』
まっすぐ目を見て言われたその言葉を、そのまま信じた。
『嬉しい』

あんなに嬉しくて澄んだ涙を流したのは、後にも先にもあの日だけだった。
< 36 / 61 >

この作品をシェア

pagetop