敵国に嫁いだ元王女は強面伯爵に愛され大地を耕す。
婚儀が終わった夜。
ネモフィラはイングレス家の屋敷に連れてこられた。
食事を用意してくれたけれど、喉を通らず。
入浴のあと寝室に案内され、夜着を着てキングサイズのベッドに腰を下ろしていた。
夫とは初対面だし、自分が知る者は誰もいない。ここで、やっていけるのか不安だった。
どれくらい待ったのか、シオンが寝室に入ってきた。
部屋はランプの明かりだけだから、表情はよく見えない。
「……シオン様。亡国の女、しかもこんな子どもを妻にするのは貴方にとって不名誉かもしれません。貴方にも本当は想う方がいたかもしれないのに」
頭を下げてシオンの言葉を待つ。
ゴツゴツした大きな手が、ネモフィラの肩に触れた。
「それはこちらの台詞。ネモフィラ様。おれは貴女の国を滅ぼしたスカビオサの人間。それに、貴女より十六も年上だ。仇と結婚するなんて、辛いことだろう」
「え……」
シオンの口からでてきたのは、意外にも労りの言葉だった。
「せめてもの償いに、夫となったおれだけは貴女の味方でありたい」
シオンは猛禽類のような面差しだけど、内面は凪いだ海のように穏やかだ。
ネモフィラは第一印象でシオンを恐れてしまったことを反省する。
「……すまない、震えているな。おれは戦場で生きてきたから、女性の扱いを知らないんだ」
「いいえ……嬉しいです。味方でいてくれると言ってもらえて」
王家に仕えていた人たちも、祖国の民も、ほとんど殺されるか捕虜になっている。
そんな中で、敵国のシオンはネモフィラのために。
ネモフィラの味方をするメリットなんて、何もないのに。
「ネモフィラ様。何か、望みはありますか。おれにできることなら、叶えましょう」
「望み……」
ネモフィラは目を閉じる。
思い起こされるのは、緑に溢れた大地を友と走った幼い日々のこと。
青い草原の香り、木漏れ日は記憶の中に確かにある。
「花の種を、まきたいです。焼き払われてしまった大地に、緑を植えたい」
シオンはじっとネモフィラを見つめ、額に唇をおとす。
「おれは人殺ししかできない男だ。貴女が復讐をしたいと言えば、王族を手にかけることだってできるのに」
「わたしは青々した大地の香りが好きです。何かしたいと思ってくださるのなら、ともに大地を耕し花を植えてくださいませ」
「…………もう、民はいないのに?」
「民はいなくとも、大地は残っています。それに、シーマニアが侵略されたのはこれが初めてではありません。踏み荒らされようと、そのたびに立ち上がってきました」
ネモフィラは語る。
シーマニアは緑豊かで肥沃な大地。
だから幾度となく侵略され、戦場になった。
それでも生き残った民は大地を耕し、種をまき、花を咲かせて今日まで命を繋いできた。
「だからわたしは、先人の意志をついで花を植えるのです。もう国はなくても」
「そう、か。………わかった。貴女が望むのなら、おれも命を育む手伝いをしよう」
シオンは数々の武勲を立ててきた。
返り血で鎧が染まるほど敵兵を切り捨ててきた様から、赤鎧のシオンという異名で呼ばれていた。
イングレスが代々軍人を輩出する家だから、父親と叔父にならい軍属になっただけ。シオン本人は争いを好む性格ではなかったのだ。
ネモフィラはイングレス家の屋敷に連れてこられた。
食事を用意してくれたけれど、喉を通らず。
入浴のあと寝室に案内され、夜着を着てキングサイズのベッドに腰を下ろしていた。
夫とは初対面だし、自分が知る者は誰もいない。ここで、やっていけるのか不安だった。
どれくらい待ったのか、シオンが寝室に入ってきた。
部屋はランプの明かりだけだから、表情はよく見えない。
「……シオン様。亡国の女、しかもこんな子どもを妻にするのは貴方にとって不名誉かもしれません。貴方にも本当は想う方がいたかもしれないのに」
頭を下げてシオンの言葉を待つ。
ゴツゴツした大きな手が、ネモフィラの肩に触れた。
「それはこちらの台詞。ネモフィラ様。おれは貴女の国を滅ぼしたスカビオサの人間。それに、貴女より十六も年上だ。仇と結婚するなんて、辛いことだろう」
「え……」
シオンの口からでてきたのは、意外にも労りの言葉だった。
「せめてもの償いに、夫となったおれだけは貴女の味方でありたい」
シオンは猛禽類のような面差しだけど、内面は凪いだ海のように穏やかだ。
ネモフィラは第一印象でシオンを恐れてしまったことを反省する。
「……すまない、震えているな。おれは戦場で生きてきたから、女性の扱いを知らないんだ」
「いいえ……嬉しいです。味方でいてくれると言ってもらえて」
王家に仕えていた人たちも、祖国の民も、ほとんど殺されるか捕虜になっている。
そんな中で、敵国のシオンはネモフィラのために。
ネモフィラの味方をするメリットなんて、何もないのに。
「ネモフィラ様。何か、望みはありますか。おれにできることなら、叶えましょう」
「望み……」
ネモフィラは目を閉じる。
思い起こされるのは、緑に溢れた大地を友と走った幼い日々のこと。
青い草原の香り、木漏れ日は記憶の中に確かにある。
「花の種を、まきたいです。焼き払われてしまった大地に、緑を植えたい」
シオンはじっとネモフィラを見つめ、額に唇をおとす。
「おれは人殺ししかできない男だ。貴女が復讐をしたいと言えば、王族を手にかけることだってできるのに」
「わたしは青々した大地の香りが好きです。何かしたいと思ってくださるのなら、ともに大地を耕し花を植えてくださいませ」
「…………もう、民はいないのに?」
「民はいなくとも、大地は残っています。それに、シーマニアが侵略されたのはこれが初めてではありません。踏み荒らされようと、そのたびに立ち上がってきました」
ネモフィラは語る。
シーマニアは緑豊かで肥沃な大地。
だから幾度となく侵略され、戦場になった。
それでも生き残った民は大地を耕し、種をまき、花を咲かせて今日まで命を繋いできた。
「だからわたしは、先人の意志をついで花を植えるのです。もう国はなくても」
「そう、か。………わかった。貴女が望むのなら、おれも命を育む手伝いをしよう」
シオンは数々の武勲を立ててきた。
返り血で鎧が染まるほど敵兵を切り捨ててきた様から、赤鎧のシオンという異名で呼ばれていた。
イングレスが代々軍人を輩出する家だから、父親と叔父にならい軍属になっただけ。シオン本人は争いを好む性格ではなかったのだ。