敵国に嫁いだ元王女は強面伯爵に愛され大地を耕す。
 翌日。
 ネモフィラは元シーマニア国の土地でシオンの領地に分割された場所に立った。

 徹底的に荒らされて土肌むき出し。本当に、何もない。

「奥様。本当に、貴女の手で農作業するおつもりですか」
「もちろん」
「こんなに広いんですよ。全部緑にするなんて、何年かかるか」


 シオンの命でついてきたメイドのアネとモネ姉妹は、“奥様は国を失った悲しみのあまり気が触れたのではないか”と心配している。
 貴族は自ら土を耕したりしない。そんなのは庭師や農民の仕事だからだ。

 ネモフィラは領地の農民から借りたクワやスキを馬車からおろす。

 今の服装はドレスではなく、農作業服。
 本来なら王女が着るようなものではない。


「そうね。確かに、わたしひとりでは、おばあさんになるまで終わらないかもしれない。だから、あなた達も手伝ってくれると嬉しいわ。種をまくまえに耕さなければならないの。人も硬い寝床では体が休まらないでしょう? 種が喜ぶ土にしてあげないと」

 ネモフィラは土にクワを差し込み、固くなった地面をほぐしていく。袖で汗を拭い、何度も土をおこす。
 

 アネとモネは貴族に仕えてきたが、こんな人は初めてだった。
 あなた達全部やっておいてと、使用人に丸投げすることもできるのに。
 

「……はい、奥様。微力ながら、お力添えします」

 姉妹は顔を見合わせ、クワを持って耕し始めた。

 一日かけて耕していき、最後に種をまく。

「奥様。これはなんの種なんですか?」
「クローバーよ。どんな地でも強く生きられる子たちで、芽吹くのも早いのよ」
「まぁ! 奥様は物知りなんですね」

 クローバーは、シーマニアでむき出しの土をおおうグランドカバーとして愛されていた。
 クローバーの花シャムロックは、シーマニアの国花でもある。
 



 屋敷に戻ると、もうシオンも帰っていた。
 夕食の席に並べられたのはシーマニアの国民食だった。
 野菜と牛の肉を柔らかくなるまで煮込んだスープ。
 ひき肉を挟んだパイ。
 ふたたび食べられる日が来るとは思っていなかったため、ネモフィラは驚きを隠せない。

「今朝、ほとんど食べていなかっただろう。やはり慣れ親しんだもののほうがいいと思って、レシピを調べて作ってもらった。口に合うといいのだが」
「……ありがとうございます、シオン様。みなさんも、ありがとう」

 屋敷の料理人とメイドも、お辞儀を返す。
 久しぶりの故国の料理を味わった。

 入浴のあと寝室で、シオンは話してくれる。

「軍を退役してきた。明日からは領地の運営と、貴女の手伝いをしよう。約束、したから」

「わたしの望みのために、良いのですか? シオン様がどれほど優れた軍人なのか、使用人のみんなから聞きました」

「貴女の夢を後押しすることは、王命で人を切るより、よほど価値のあることに思えるんだ。……戦うことしか知らなかったおれにも、できるだろうか」

 不安そうに聞いてくるシオンを見て、ネモフィラは手を伸ばす。

「大丈夫です。だって、貴方はこんなにも優しくて温かいんだもの。命を育むことだってできます」

 他人に決められた政略結婚でも、ネモフィラは、伴侶がシオンで良かったと心から思った。
 主君(ドラセナ)の命令を無視して、ネモフィラのために行動してくれている。

 ネモフィラは微笑み、シオンと手のひらを重ね合わせる。
 シオンは重なった手を、愛おしげに握る。

「貴方と出会えたこと、神に感謝しなければなりません。ありがとう、シオン様」
「こちらこそ、ネモフィラ様。戦い以外でおれを必要としてくれた人は、貴女が初めてだ」
「夫婦なのだから、どうぞフィーとお呼びください」
「……フィー。おれのことも、様をつける必要はない。ただ、シオンと呼んでほしい」
「はい、シオン」


 ネモフィラは幸せな気持ちで笑い、シオンの胸に顔を埋める。
 シオンもネモフィラを抱き寄せて、壊れ物を扱うように、優しく触れる。

 嫁いで二日目、二人は本当の意味で夫婦となった。


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