敵国に嫁いだ元王女は強面伯爵に愛され大地を耕す。
 翌日から、シオンは領主の仕事の合間をぬってネモフィラの手伝いをするようになった。

 赤鎧のシオンが元王女とともに農業をはじめたという話はすぐドラセナの耳にも届いた。

 侍女に用意させたアフタヌーンティーを飲みながら、ドラセナは高笑いした。

「フフッ、ハハハハッ、アーーーッハハハハハハッ!! 元王女が農奴に混じって土いじり! 良いじゃない。泥棒猫にはお似合いよ。…………あぁ、そうだわ、わたくし失念していました。イングレス伯爵に結婚祝いを贈って差し上げましょう」

 ドラセナが手を叩くと、控えていた老執事が背筋を伸ばす。

「チャーリー。馬房の馬糞をありったけかき集めて、箱に詰めなさい」

 先程の言葉と紐付けるなら、ネモフィラに馬糞を贈れと捉えられる。

 老執事も侍女も、一瞬顔をこわばらせた。
 
「…………馬糞、でございますか」
「この距離で聞こえなかったの、チャーリー? 引退するにはまだ早くてよ」

「私は五十年、スカビオサ家に仕えてまいりましたが、耳が遠くて姫様のお役に立てないのなら、引退も考えたほうが良いのかもしれません」

 滅ぼした国の王女を囚え、無理やり結婚させたあげくに贈り物と称して馬糞を送りつける。
 そんなことを平気でする人が主であることが、恥ずかしくなった。

 王妃はドラセナを産んで間もなく亡くなり、王は昨年、闘病の末に他界した。
 ドラセナの暴虐を諌めた人間は牢屋送り。

 忠義も揺らごうというもの。
 チャーリーは平静を装い、下男に頼んで兵舎の馬房の馬糞を集めて箱に詰めさせた。

 準備が整うと、ドラセナは持っているドレスの中でいっとう高価なものをまとい、馬車を出させた。
 王室の馬車のやや後ろには、馬糞を詰めた荷馬車がついている。


 聞き及んでいたとおりの場所で、ネモフィラとシオン、メイドたちが土を掘っていた。

 ネモフィラなんて、農民のような薄汚れた安っぽい服を着ている。

 ドラセナはまた笑いたくなるのをこらえながら配下に指示を出す。
 下男がヒイヒイ言いながら、馬糞の詰まった箱をネモフィラたちの前に下ろした。

 箱から漂う臭いで、開けずとも馬糞だとわかるだろう。
 メイドたちは震え、シオンも絶句している。
 ドラセナは馬車の窓から言葉を送る。

「泥にまみれた貴女にとてもよく似合う贈り物を用意したわ。ありがたく受け取りなさい」

 奴隷のように汚くなったネモフィラを拝めるなんて、今日はなんていい日だろうか。
 帰ったらお祝いに極上のケーキを焼かせよう。

「もう用は済んだから、馬車を出しなさい。いつまでもこんなに汚いところにいたら、わたくしにまで臭いがうつってしまうわ」
「はっ」

 御者に命じると、馬車はゆっくりと動き出す。

 ヘムロックも、あんなに汚くなった元王女に恋心なんて残らないはず。

 シーマニア国ももうないし、今度こそ求婚を受け入れてくれると信じて疑わない。

「帰ったらすぐ仕立て屋を呼びなさい。ヘムロック様との結婚式には最高のドレスを作らなければならないわ。資金が足りないなら、その分増税すればいい。国民は、わたくしの結婚を祝う義務がありますもの」

 向かいに座る護衛と侍女は、ひきつった表情で頷いた。

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