敵国に嫁いだ元王女は強面伯爵に愛され大地を耕す。
 馬糞を送りつけられたシオンは、怒りを通り越して呆れていた。
 ゴミをよこされて喜ぶ人間がどこの世にいるだろう。
 今日はアネとモネ以外にシオンの元部下も手伝いに来てくれていた。

 下級軍人が王族と会う機会なんてないから、対面はこれが初めて。
 妙な贈り物をしてきた高飛車な女が自国の王女と聞いて、みんな絶句した。

「……スカビオサ国民であることが恥ずかしいと思う日が来るなんて」
「何を考えているんですあの人! 奥様に対して失礼すぎます!」

 アネとモネだけでなく部下たちも憤っている。
 ネモフィラもさぞショックだろうと思ってみんなが気遣うが……。

「なんて良質な馬糞でしょうか。さすが王室です」

 みんなの予想に反して喜んでいた。
 箱にスコップをさして、地面にまきはじめる。

「シオン。これだけあれば土壌改良できますよ」
「…………怒らないのか、フィー」
「馬糞はかなり役に立つ肥料なんです。王女にはいい馬糞をありがとうございます。と伝えなければなりません」

 ドラセナは嫌がらせでこれを送りつけてきたのだ。
 嫌がらせだと気付かれないばかりか、馬糞のお礼を言われる王女。
 想像して、シオンは笑ってしまう。

「どうしたのです、シオン。何かおかしかったです?」
「いや、礼はよしておいたほうがいい。……それにしても、農業とは奥が深いな。フィーから学ぶことばかりだ」
「わたしも、まだ平和だった頃、庭師に教わったのです。世話好きで良きお姉さんだったんですよ」

 ネモフィラが庭師と仲良く話す姿は容易に想像がついた。穏やかで人当たりがいいから、城にいた頃も慕われていたんだろうと、シオンは考える。

「わあ! 隊長が笑うとこなんて僕初めて見ましたよ」
「俺も俺も!」

 シオンの部下たちも楽しそうに笑う。

「おれはもう軍をやめた。隊長ではないぞ」
「いいじゃないっすか。僕たちもやめてきたから。他の人の部隊なんて体を壊すくらい厳しい訓練させられるんですよ。僕の同郷の幼馴染みは、そっちに配属されて一年持たず帰郷しました」
「そうそう。どこまでもついていきますよ隊長。奥様も面白いし最高じゃないですか」

 軍をやめたあとも隊員に慕われるシオンを見て、ネモフィラは温かい気持ちになる。
 手分けして馬糞を混ぜながら耕していった。 



 一週間も経つ頃には初日にまいた種が芽吹いた。

 それがみんなのやる気につながり、日に日に手伝いの人は増えた。
 前日来てくれた人の兄弟だったり、友だちだったり。
 領地の農民も、自分の農地の合間に手伝ってくれる。
 そのたびにネモフィラは頭を下げ、お礼を言った。
 イングレス領の運営をしつつ、荒れ地を耕すこともする。
 いつの間にか、元敵国の王女だと言って遠巻きにする人はいなくなっていた。


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