敵国に嫁いだ元王女は強面伯爵に愛され大地を耕す。
ネモフィラとシオンが結婚して半年。
ドラセナから国中の貴族に、結婚式の招待状が届いた。
新婦はドラセナ。
新郎は、ヘムロック。
ネモフィラの記憶では、ヘムロックはドラセナのことを毛嫌いしていたはず。
何がどうして結婚に至ったのか、不思議でならなかった。
ドラセナから届いた招待状とは別に、ヘムロックから「心配するな」と一言だけ書かれた短い手紙が届いていた。
従兄の結婚を祝わないわけにはいかないため、ネモフィラはシオンとともに結婚式に参列することにした。
ネモフィラはシオンの腕に手を添え、参列した貴族に挨拶をしてまわる。
ヘムロックが求婚を受け入れたことに驚いている人ばかりだ。
式が始まり、ヘムロックとドラセナが入場する。
拍手はまばら。祝福の声も上がらない。
何がドラセナの神経を逆なでするかわからないから、みんな余計な口をきかないのだ。
ドラセナは満面の笑顔で、この世の贅のかぎりを尽くしたきらびやかなドレスに身を包んでいる。
最高級の白いシルクに、銀糸で刺繍がほどこされている。
砕いたダイヤモンドが散りばめられ、太陽光が当たるたび七色に輝く。
ティアラにもイヤリングにもブレスレットにも、これでもかと大粒の宝石が埋め込まれていた。
ドラセナとは反対に、ヘムロックは黒いタキシードだった。
高級な素材ではあるのだろうが、飾りけのかけらもない。けばけばしいドラセナとアンバランスだった。
ネモフィラの前を通るとき、ドラセナは視線でネモフィラの頭から足先まで眺めて鼻で笑った。
そして祭壇への階段を上がっていく。
「汝、ドラセナ・フォン・スカビオサ。貴女は病めるときも健やかなるときも、終生変わらず新郎を愛することを誓いますか」
「もちろん、誓いますわ!」
ドラセナは教会の外にまで響く大声で答える。
神官は次に、ヘムロックに問いかける。
「汝、ヘムロック・ローエングリン。貴方は病めるときも健やかなるときも、終生変わらず新婦を愛することを誓いますか」
ヘムロックは答えない。
参列した人たちがざわめく。
「ヘム、ロック、さま?」
ドラセナも不安そうに、ヘムロックを見上げ…………その口から、血が吹き出した。
ヘムロックが、タキシードの上着に忍ばせていたナイフをドラセナの左胸に突き立てたのだ。
真白なドレスは赤く染まっていく。
ドラセナの体は床に力なく倒れた。
階段下にいた兵士が階段を駆け上がろうとするのを、参列していた騎士が切り捨てた。
ヘムロックと志同じくする、ドラセナの悪政に反対していた者たちだ。
参列者たちは逃げることも騒ぐことも忘れ、ただただ立ち尽くす。
ネモフィラは目の前で起きたことが信じられず、動けなかった。ネモフィラの肩をシオンが支える。
ヘムロックはナイフを何度もえぐり、深くドラセナの胸にねじ込む。
「誓うものか。ぼくがいつ、お前なんかと結婚すると言った! 今日、この時のために、準備していたんだ。お前の葬式をするために!!」
スカビオサ王族の結婚式は、新郎新婦と見届け人の神官、三人だけで階段上にある祭壇の前に立つことになる。
神官はドラセナが血を吐いているのに顔色を変えない。
つまり、最初からドラセナが刺されることを知っていた。ヘムロックの仲間だ。
周囲に護衛がいなくなるこの時間を作るために、求婚を受け入れたふりをしていた。
「どうし、て」
「お前は、シーマニア国王夫妻……ぼくの伯父と伯母を殺した。母上の祖国を滅ぼした。お前を好きになる要素がどこにある。ぼくに、愛してると何度も言っていたが、お前が本当に好きなのは自分だけだろう?」
ヘムロックのタキシードは返り血で赤く染まっている。
護衛の兵は全員ヘムロックの私兵に切られて倒れた。
「スカビオサの諸君。これでスカビオサ最後の王族は死んだ。この先どんな国にするかは君たち次第だ。ぼくはもうスカビオサのために何かしようとは思わないから、失礼するよ」
ヘムロックは宣言し、神官と階段を降りる。
そしてネモフィラの前で立ち止まった。
「ごめん、ネモフィラ。ぼくは祖国を失って、君のように前向きになれなかった。この半年ずっと、あの女を殺すことだけ考えていた。軽蔑されると思う」
「…………いいえ、ヘムロック。わたしは、シオンが支えてくれたから前を向けただけ。ヘムロックを軽蔑なんてできない……」
ネモフィラも、支えてくれる人がいなかったなら、ヘムロックのように憎しみに飲まれていた。
「イングレス伯爵。ネモフィラを、幸せにしてやってください。ぼくに残された最後の家族なんです」
「……はい。必ず」
シオンは敬礼し、ヘムロックと約束した。
主を失ったスカビオサ王政は崩壊し、残った臣下たちの中から代表を選出。
王制から大統領制になった。
ヘムロックと反乱の仲間は罪に問われることはなく、ドラセナの悪政に苦しんでいた民からは英雄のように扱われた。
そして、シーマニアは返還された。
ネモフィラは唯一残った王族として、シーマニア復興の旗頭となった。
女王ネモフィラと王婿《おうせい》シオン。
王になっても、ネモフィラは政務の合間に大地を耕し荒れ地を緑にしていく。
ヘムロックは王政改革が落ち着いてから、両親の墓参りに来てくれた。
今は自分の領地で領主として静かに暮らしている。
月に一度、無茶しないよう、ネモフィラの体調を心配する手紙が届く。
ネモフィラも、無理はしないでと手紙を返す。
シーマニアについてきてくれたアネとモネも、生活を支えてくれる。
シオンの部下だった青年たちは側近となり働いてくれている。
久しぶりの何もない休日、ネモフィラはシオンと城下におりていた。
二人で最初に耕したあの場所だ。
戦後荒野だった場所は、今では見渡す限り青い大地になっている。
ネモフィラは両手を広げて走り、思いきり深呼吸する。新緑の香りが心地良い。
「シオン。ほら、シオンも命を育むことはできるんです。あの日はまだ土肌むき出しだったのに」
「ああ。ありがとう、フィー。おれにも、人を殺める以外のことができるとわかった」
シオンは跪いてネモフィラの手の甲に口付ける。
「フィー。あのときは王家に決められた結婚だったから、改めておれから言わせてくれ。ネモフィラ、愛している。これから先もずっと伴侶でいてほしい」
「はい。わたしも、ずっとずっとシオンと一緒にいたいです。これからも夫婦でいてください」
二人は花咲く丘で、誓いの口づけをかわす。
END
ドラセナから国中の貴族に、結婚式の招待状が届いた。
新婦はドラセナ。
新郎は、ヘムロック。
ネモフィラの記憶では、ヘムロックはドラセナのことを毛嫌いしていたはず。
何がどうして結婚に至ったのか、不思議でならなかった。
ドラセナから届いた招待状とは別に、ヘムロックから「心配するな」と一言だけ書かれた短い手紙が届いていた。
従兄の結婚を祝わないわけにはいかないため、ネモフィラはシオンとともに結婚式に参列することにした。
ネモフィラはシオンの腕に手を添え、参列した貴族に挨拶をしてまわる。
ヘムロックが求婚を受け入れたことに驚いている人ばかりだ。
式が始まり、ヘムロックとドラセナが入場する。
拍手はまばら。祝福の声も上がらない。
何がドラセナの神経を逆なでするかわからないから、みんな余計な口をきかないのだ。
ドラセナは満面の笑顔で、この世の贅のかぎりを尽くしたきらびやかなドレスに身を包んでいる。
最高級の白いシルクに、銀糸で刺繍がほどこされている。
砕いたダイヤモンドが散りばめられ、太陽光が当たるたび七色に輝く。
ティアラにもイヤリングにもブレスレットにも、これでもかと大粒の宝石が埋め込まれていた。
ドラセナとは反対に、ヘムロックは黒いタキシードだった。
高級な素材ではあるのだろうが、飾りけのかけらもない。けばけばしいドラセナとアンバランスだった。
ネモフィラの前を通るとき、ドラセナは視線でネモフィラの頭から足先まで眺めて鼻で笑った。
そして祭壇への階段を上がっていく。
「汝、ドラセナ・フォン・スカビオサ。貴女は病めるときも健やかなるときも、終生変わらず新郎を愛することを誓いますか」
「もちろん、誓いますわ!」
ドラセナは教会の外にまで響く大声で答える。
神官は次に、ヘムロックに問いかける。
「汝、ヘムロック・ローエングリン。貴方は病めるときも健やかなるときも、終生変わらず新婦を愛することを誓いますか」
ヘムロックは答えない。
参列した人たちがざわめく。
「ヘム、ロック、さま?」
ドラセナも不安そうに、ヘムロックを見上げ…………その口から、血が吹き出した。
ヘムロックが、タキシードの上着に忍ばせていたナイフをドラセナの左胸に突き立てたのだ。
真白なドレスは赤く染まっていく。
ドラセナの体は床に力なく倒れた。
階段下にいた兵士が階段を駆け上がろうとするのを、参列していた騎士が切り捨てた。
ヘムロックと志同じくする、ドラセナの悪政に反対していた者たちだ。
参列者たちは逃げることも騒ぐことも忘れ、ただただ立ち尽くす。
ネモフィラは目の前で起きたことが信じられず、動けなかった。ネモフィラの肩をシオンが支える。
ヘムロックはナイフを何度もえぐり、深くドラセナの胸にねじ込む。
「誓うものか。ぼくがいつ、お前なんかと結婚すると言った! 今日、この時のために、準備していたんだ。お前の葬式をするために!!」
スカビオサ王族の結婚式は、新郎新婦と見届け人の神官、三人だけで階段上にある祭壇の前に立つことになる。
神官はドラセナが血を吐いているのに顔色を変えない。
つまり、最初からドラセナが刺されることを知っていた。ヘムロックの仲間だ。
周囲に護衛がいなくなるこの時間を作るために、求婚を受け入れたふりをしていた。
「どうし、て」
「お前は、シーマニア国王夫妻……ぼくの伯父と伯母を殺した。母上の祖国を滅ぼした。お前を好きになる要素がどこにある。ぼくに、愛してると何度も言っていたが、お前が本当に好きなのは自分だけだろう?」
ヘムロックのタキシードは返り血で赤く染まっている。
護衛の兵は全員ヘムロックの私兵に切られて倒れた。
「スカビオサの諸君。これでスカビオサ最後の王族は死んだ。この先どんな国にするかは君たち次第だ。ぼくはもうスカビオサのために何かしようとは思わないから、失礼するよ」
ヘムロックは宣言し、神官と階段を降りる。
そしてネモフィラの前で立ち止まった。
「ごめん、ネモフィラ。ぼくは祖国を失って、君のように前向きになれなかった。この半年ずっと、あの女を殺すことだけ考えていた。軽蔑されると思う」
「…………いいえ、ヘムロック。わたしは、シオンが支えてくれたから前を向けただけ。ヘムロックを軽蔑なんてできない……」
ネモフィラも、支えてくれる人がいなかったなら、ヘムロックのように憎しみに飲まれていた。
「イングレス伯爵。ネモフィラを、幸せにしてやってください。ぼくに残された最後の家族なんです」
「……はい。必ず」
シオンは敬礼し、ヘムロックと約束した。
主を失ったスカビオサ王政は崩壊し、残った臣下たちの中から代表を選出。
王制から大統領制になった。
ヘムロックと反乱の仲間は罪に問われることはなく、ドラセナの悪政に苦しんでいた民からは英雄のように扱われた。
そして、シーマニアは返還された。
ネモフィラは唯一残った王族として、シーマニア復興の旗頭となった。
女王ネモフィラと王婿《おうせい》シオン。
王になっても、ネモフィラは政務の合間に大地を耕し荒れ地を緑にしていく。
ヘムロックは王政改革が落ち着いてから、両親の墓参りに来てくれた。
今は自分の領地で領主として静かに暮らしている。
月に一度、無茶しないよう、ネモフィラの体調を心配する手紙が届く。
ネモフィラも、無理はしないでと手紙を返す。
シーマニアについてきてくれたアネとモネも、生活を支えてくれる。
シオンの部下だった青年たちは側近となり働いてくれている。
久しぶりの何もない休日、ネモフィラはシオンと城下におりていた。
二人で最初に耕したあの場所だ。
戦後荒野だった場所は、今では見渡す限り青い大地になっている。
ネモフィラは両手を広げて走り、思いきり深呼吸する。新緑の香りが心地良い。
「シオン。ほら、シオンも命を育むことはできるんです。あの日はまだ土肌むき出しだったのに」
「ああ。ありがとう、フィー。おれにも、人を殺める以外のことができるとわかった」
シオンは跪いてネモフィラの手の甲に口付ける。
「フィー。あのときは王家に決められた結婚だったから、改めておれから言わせてくれ。ネモフィラ、愛している。これから先もずっと伴侶でいてほしい」
「はい。わたしも、ずっとずっとシオンと一緒にいたいです。これからも夫婦でいてください」
二人は花咲く丘で、誓いの口づけをかわす。
END