都合のいいオトコ
「指名とれたんちゃうんか」
上がり待機から戻って、チエリのお客さんのテーブルから離れた私の腕を、店長が力強く掴んできた。
チエリが私のことを仲がいい子だと話したことで、お客さんからの当たりは優しく、場は盛り上がってたから、指名はとれると考えられてたんやと思う。
実際に、あのテーブルで指名はとれたはず。
でも私は、自分がついたお客さんに指名交渉はせんかったし、席を離れるときにチエリのお客さんから「おればいいのに」とも言われてた。
私が指名交渉をサボったのは、誰が見てもバレバレやったと思う。
出入口へと繋がる暗くて狭い通路で、引き止められた私は、店長の厳しい表情から目をそらす。
「……寝不足やから帰りたい」
そう返した瞬間、店長は私の後ろにある壁をガンッと蹴る。
大きな衝撃音で、少し離れたところでケータイを触ってた女の子も、びっくりした顔でこっちを見てきた。
店長は鋭い目つきで私を睨みつけると、
「送りは出さん」
とつぶやいて、そばを離れてく。
握られた腕がヒリヒリする。
「店長っ、お願いやから今日は帰らせて!」
慌てて頼んでも、店長は振り向くことなく、騒がしい店内へと戻っていった。