都合のいいオトコ
「……何この手」
シートを倒す手伝いをしてくれたミツルは、自分の胸に置かれた手を静かに見下ろす。
「顔、近かったから」
そんなつもりじゃなかったんやと思う。
でも、前をおおってきたとき、キスをされるような気がして、至近距離にある体がこれ以上こっちに来んよう、とっさに手で抑えてもうた。
あからさまに警戒しても、ミツルは体を引こうとせんで、間近で私を見つめてくる。
倒れたシートに横たわった私は、体を起こすこともできへんくて、ミツルを抑える手に力を入れ、離れるように押しのけようとしてんけど──
「……こういうの、逆に誘ってんのかなって思う」
ミツルは私の手を掴み、はらいのけると、そのまま顔を近づけてくる。
ダウンジャケットの内側で腰にそえてきた大きな手と、シートがきしむ音。
「誘ってへんっ」
誤解されたんかと思って、大きな声で否定すると、ミツルは数センチの距離を置いて囁いてくる。「でも嫌がってないやろ?」と。
「アホか。嫌がってるわ!」
顔を背け、掴まれた手を引き抜いて自分の唇を隠すと、ミツルは小さく息をつき、体を引いていく。
身の危険を感じた私は、すぐにシートの角度を元に戻そうとしたけれど、
「もうせぇへんから、寝とき」
ミツルは背もたれを腕で押しやり、眠ることをすすめてくる。