都合のいいオトコ

チエリは、店長の気持ちが自分から離れたことを、さらっと口にしてるけど。

「ええの? このままリサちゃんにとられても」

店長のために仕事を頑張ってたんやとしたら、私はその頑張りのすごさを知ってる。

私みたいに楽な働き方はしてなかった。

常にお客さんと連絡をとってた子。店が始まる前からずっとケータイを触ってたし、終わってからも、ゆっくりくつろぐこともなくメールや電話をしてたから。

「そもそも、私は浮気相手やからね。本命は私じゃないし」

チエリの甘い声をいつも可愛いと思ってた。

あははって笑うのも可愛らしくて、男の人らが夢中になるのもわかるなーって。

でも、今は……。

「最初は、それでもいいって思ってたんやけど……あははっ! もう疲れたんよね。都合よく使われるだけなんは」

痛々しい。

明るく笑うたび、聞いてて胸が痛くなる。

チエリは、黙り込んだ私ににっこり微笑むと、「それに」とつぶやいて、話を続けてくる。

「イタニと付き合おうと思ってるんよ」

「……イタニ?」

「うん。……ちょっと前に告られたん」

その名前を聞いて思い出したのは、花見の日。

エレベーター前で私を引き止めたときの、つらそうな表情やった。
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