都合のいいオトコ
さっき、チエリはお客さんを呼ばんくなってるって言うてたけど、多分これも店長への嫌がらせなんやろう。
店長はチエリとの関係が終わっても、自分が痛い思いをせんように、リサちゃんを次のナンバー1にしようとしてる。チエリはそれを妨害したいのかもしれん。
店をやめたあと、自分を指名してきたお客さんたちが、全員、リサちゃんのものにならんように。
私への引き継ぎは、チエリなりの最後の悪あがきなんやと思った。
そういうことをしてしまう気持ちはわかる。
別れても痛くもかゆくもないっていう相手の姿は見たくないものやから。出来ることなら協力してやりたい。
でも……。
「私には荷が重いわ。……出来へんよ、チエリみたいな接客は」
同じようには出来へん。
私に引き継いでも、店に来なくなるのが目に見えた。
「ごめん、せっかく用意してくれたけど」
手帳を突き返すと、チエリは、
「……もう少しだけ考えてほしい」
真面目な口ぶりでそう頼んでくる。
「この先、ハライシさんが来うへんなったとき、マイにはそこを補うお客さんもおらんやろ?」
「……そうやけど」
「私な、大半から嫌われてたし、こういうことしたいって思うのはマイしかおらんねん。……大事にしてきたお客さんらが、店長のいいコマになるのも嫌」
「せやったら、ミナミまで連れていけば……」
「来うへんよ。こっちの人らは、こっちで飲むから。ミナミでのお客さんがそうやった。……用事や仕事でこっちに来たときにしか、店には寄ってくれへん」
「……」
「お願い。もう少し考えてみて」
──チエリからの引き継ぎの話。
もう少しだけ考えてと言われ、その場で返事をするのはやめたけど、私は引き受ける気持ちにはなれやんかった。
この話を引き受ければ、私はこれまで以上に頑張らなあかんくなるから。チエリのお客さんに、ハライシさんにしてきたようなことはできへんと思うから。
それこそ、夜一本でやっていかなあかんくなるんちゃうか。そんなプレッシャーを感じてた。