都合のいいオトコ
鏡の前へ案内されてから、間もなくして、スタッフさんらがチラホラと帰り始める。

「他の人らは帰るん?」

先輩らしき人に「お疲れ様です」と声をかけてたミツルにたずねると、彼は私にケープをかけながら答える。

「12月とか1月は忙しいから、残るヤツはあんまおらん」

その言葉通り、30分もせんうちに、店内は私とミツルのふたりだけになった。

「“ミッツー”、職場やとちょっとキャラが変わるんやな」

「……そうか?」

「うん。全然チャラチャラしてへんかった」

「普段もそんなチャラチャラしてへんやろ」

「最初の頃の“ミッツー”は、チャラチャラしてたよ」

髪を切られながらの会話。

鏡越しで眺めるミツルの姿は、これまでに見た彼の中でいちばん真剣なものやった。

「……なんやねん、“ミッツー”って」

遅れて、呼び方に突っ込んでくる。

「そう呼ばれてたから」

「……うざ。真似すんな」

振り返って直接笑いかけたら、真っ直ぐ向くよう顔をもとに戻される。

「ヤリモクやったしな」

再度、遅れて返される。

その冷めた口ぶりに、胸の奥がズキッとうずいた。
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