都合のいいオトコ
長さを残したまま整えられてく髪の毛。ハサミを持つ手の動きを、鏡越しでじっと見つめてた私。
「かゆいとこいっぱいやろ?」
「ないです!」
シャンプーされてるときに、またからかわれて。
「ミツルにドライヤーされるの好きかも」
「……そうですか」
髪を触る手が優しくて、心地よかった。
最後にハサミを少しだけ入れて、丁寧にスタイリングしてもらってるとき──
「これ、俺だけじゃないと思うんやけど」
ミツルは私の前にきて、顔周りの髪を触ってくる。
左右の毛先をつまみながら、
「こうやって自分好みにしてると、客がべっぴんに見えたりするんよな」
独り言のようにつぶやかれた。
向かい合わせでそんな話をされ、一瞬ドキッとしたけれど、
「……大変やん。客みんなにそう思ってたら」
目を伏せて、何も思わんふりをした。
「確かに。そのうち、なんも思わんくなるんかもしれんけどな」
ミツルは前を離れ、後ろ髪を触ってく。
「でも、そんなふうに思われたりするんやったら、美容師と客って恋愛感情は生まれやすいんかも」
「そうかな?」
「……客からすれば、髪を触らせてる時点で美容師にはハードルを下げてるわけやし」
さっきみたいな至近距離で、べっぴんに見えてくるとか言われたら、嫌でも意識はする。
以前、ミツルから聞いた「美容師と連絡を取りたがる客もいる」って話、少し納得した。