王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
「奈美先輩、大嫌い」

 その掛け声と共にブローチは放物線を描いて投げ込まれた。私は慌てて身を乗り出すが、波消しブロックに台風の予兆がぶつかる様が覗くだけ。ブローチの姿は見当たらない。

「ーーなんて事を、あれは晴臣さんのお父さんが大切にしている物なのよ?」

「へぇ〜なら探せばいいじゃないですか? もうじき雨が降ってきて、より遠くに流されちゃいますよ?」
 
 花梨ちゃんはコンクリートから飛び降り、呆然とする私の髪を梳いた。

 仔猫がじゃれつくみたいな無邪気さにどう接していいか迷い、何を伝えたところで引っ掻かれると諦める。

 花梨ちゃんと入れ違いで堤防へ足を掛けた。ブローチをこのままにしておけない、回収しなければ。

「先輩の私に強く出られない性格、大嫌い。その性格の上にあぐらをかいてワガママする自分も同じくらい嫌い。惨めになります」

 彼女は悲しそうにーー笑った。

 リボンとレースが似合う幼馴染の女の子はとっくに大人になり、花梨ちゃんを守るための物語に引き込もっていたのは私だって語っていた。
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