王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
 船内にプールは三箇所ある。今回、貸し切りにされたのがジムと併設された所で、行楽的な装飾はされていない。

 五十メートルコースに沿って歩いていると、私達へ男性が手を上げた。

「今日はお足元が悪い中、ありがとうございます」

「西園寺様、申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか?」

「いいえ、時間通りですよ。僕が早めに仕事を切り上げられたので……」

 挨拶を返しつつ、腰掛けていたサイドチェアにはタブレットや書類が置かれている。
 私の視線を感じてか、それらをさっと裏返しにして側で控えていた男性へ渡す。

「ここまで迷わず来れましたか?」

 西園寺氏はパーカーを羽織り、にこやかに迎えてくれた。

「はい。迎えの車を手配して頂き、ありがとうございました。私はマーメイドダイバーズの結城、こちらがーー」 

「私、朝日奈花梨です! リムジンなんて初めて乗りました! 風が強いのに全然揺れなくって凄い乗り心地でした!!」

「それは良かった。僕は西園寺晴臣と申します。マーメイド等の指導を楽しみにしていますよ」

 若干、興奮気味な自己紹介に笑みを崩すことも無い。実に紳士的な対応だ。

「それで、だ。泳ぎを教わる前に秘書の同席を許可して貰えるかな? 素敵なお二人とレッスンとなるとお目付け役が必要でね」

 秘書だと紹介され、スーツ姿の男性が会釈してくる。

「西園寺は近頃、運動不足でして。年齢も重ね、体型維持が難しくなりました。先生方、どうぞ厳しい指導を宜しくお願いします」
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