王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
「は、晴臣さん、助けて」

 伏せたまま呟く。不思議と晴臣さんの名を口にすると温かい、心が奮える。

(毎回こんな悲劇のヒロインぶって、どうするの? 見付けなきゃ、返さなきゃ“人魚の涙”を)

 拳を作り、半身を起こす。もう行き交う車の姿もない。つまりヘッドライトを当てに出来ない。風も強くなるばかりで張り付く髪すら剥がそうとする。

 それでもまだ動ける、大丈夫と立ち上がろうとしたが、ここで踏ん張れないのに気付く。
 どうやら転倒した際に捻ってしまったらしい。体温が低下しているからか痛みは感じない。

(まったくこんな時に!)

 腕の力のみで堤防まで這い上がるのは難しそう。といって、ここにいたら身体ごと波に飲まれるのも時間の問題か。

(落ち着いて、焦らずゆっくり)

 言うことを効かない足を撫でて進もうとしたところ、出血しているのに気付く。
 べっとり血がつく手を認識した瞬間、花梨ちゃんの事故がフラッシュバックした。

 溺れた花梨ちゃんの断片的な映像が再生される。

「っ、ひっ!」

 呼吸が浅くなり、酸素が思考まで回らなくなる。判断力が低下しパニックに陥り、今の痛みより過去の痛みに支配されていく。

 もがいて逃れようとした結果ーー私は海へ落下した。
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