王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
 朝比奈兄妹の件を一人で抱えさせて、申し訳ない。僕も一緒に悩むから、模索していこう。

 棚に並べられた花束を見る。真新しいのは僕が用意したもので、その隣はなんと父が手配した品だ。妻との記念日をないがしろにし、一輪も捧げてこなかったくせ、初恋相手を気遣う胸中は全くもって理解しがたい。

 だが僕が奈美を想っていると伝えた時、父は僅かだが微笑み、見舞いの同行を二つ返事で了承する。
 プライベートで笑顔を見せるなど滅多にない、それも報われたというか憑き物が落ちた表情を向けるなどあり得なかったのに。

 結果的に見舞う事は叶わずも、父はそうかと言うのみ。なんなら母の墓参りに行こうと誘われた。

「今更、母に謝っても仕方ないだろう? けれど母はあんな人でも愛していたんだと諦めて、墓参りに行ってみる。親子の溝はこんな事で埋まらないし、雪解けなんてとんでもないがね」

 奈美の手を取り、自分の頬へ添えた。

「貴女が側に居てくれれば頑張れるから」

 早く目を覚まして、それで色々な世界を見て回ろう。これまで見たこともない、触れたことがない景色を見よう。
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