王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
「あんな風に謝られると立つ瀬がない、よね?」

 西園寺氏のクロールは基本に忠実、無駄な力が入っていない。私と違い、リラックスしていて自然体だ。

「角が立たない対応をされて、自分がお子様だって思い知らされる」

「えぇ! 奈美先輩がお子様なら私はどうなっちゃうの〜?」

「ベイビーじゃない?」

「ひどい! 子供扱いどころか赤ちゃんじゃ、西園寺さんから相手にして貰えないじゃないですか〜!」

 肩を竦めるついで、頭を横に振っておく。

 さて、二十五メートルを華麗にターンする彼に一体どんなアドバイスが出来るだろうか?
 まず息継ぎのタイミングで手を打った。西園寺氏は足をつき、濡れた髪を後ろへ撫でつける。

「僕の泳ぎ、どうでした?」
 
「西園寺さんはアスリート志望でしょうか? 私がお教えする事はないように思えますが?」

「いやいや、この歳でオリンピックを目指すのは無理ですって。リップサービスは抜きでお願いします」

 お世辞を告げたつもりはない。まぁ、彼ならばパーソナルトレーナーをつけていても不思議じゃないか。
 タイムを競ったり体力作りの為の指導は専門外だが、それでもお金を受け取るのだし私なりの知識を実演しよう。

 ビート板を持ち、隣のコースへ入った。

「一つだけ。腕の伸びを意識すれば更に良くなるはずです。こうして片手でビート板を持ち、片手でクロールしてみます」

「キャッチアップクロールですね?」

「ご存知ですか?」

「是非、お手本を見せて下さい」

 お手本と言われるほど立派なものじゃないものの、水の抵抗を受け流す腕の回し方をしつつ重心は前へ持っていく。それからしっかり指先まで伸ばしきる。
 クロールは軽くキックをし続けるのがコツ、そうすることで下半身が沈まないのだ。

「なるほど。腕を伸ばす時間が長くなると呼吸がしやすい。手の平は後ろに向けるといいのか」

 西園寺氏もビート板を使い、動きを真似た。
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