王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
（そっか、引いていたんだ）

　花梨ちゃんの表現が引っ掛った。もちろん、あんな対応したら引かれて当たり前だけれど、私にはそう映らない。西園寺氏はまるで私を理解していると言いたそうで……。

　ファンから理想の人格像を押し付けられるのは珍しくない。大抵が私にポーカーフェイスのイメージを持つ中、西園寺氏は私の頑なさに気付き、それを解そうとする。
　まぁ、残念ながら結果は裏目にしか出なかった訳だが。


（残念、なのかな）

　自問する。西園寺氏は口調も仕草もエレガント、不用意に誰かを傷付ける男性とは思えない。それなのに私に対しては見誤った距離の詰め方をしてきて、一体どういうつもりなんだろう？

　わざと怒らせて気を引くなど幼いし、子供の悪戯にしては妙にドキドキさせられる。

（考えるのはよそう。もう会うことは無いんだから）

　西園寺氏とのレッスン内容を記入していると、彼の表情が次々と脳内で再生された。依頼は失敗に終わって苦い経験なのに、どうしてか笑顔ばかり思い出してしまう。

　たった数時間でこんなにも記憶に刻まれる相手は居ただろうか？

（ーーだから考えるのはやめようって）

　未来に繋がらない回想を強制的に断ち切り、意識を現実と接続させた。
< 23 / 140 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop