王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
 花梨ちゃんに念を押し、西園寺氏へ続いて会場を後にする。
 周りの突き刺す好奇心よりも西園寺氏の冷たい背中に喉の奥が乾いていく感じがした。

「西園寺さん、ま、待っ、下さいーーあっ!」

 廊下をずんずん進む足取りに声を掛けた際、履き慣れないヒールがぐらつく。

「危ない!」

 体勢を立て直す間もない。転倒すると覚悟したものの、目を開ければしっかり抱き留められていた。

「西園寺さん?」

 腹部を力強く支える腕へ手を重ね、恐るおそる顔を上げる。

「大丈夫ですか? ドレスの裾で躓いてしまったかな?」

 優しい瞳が私を案じる。良かった、もう怒っていないんだ、安堵の息をついたらますます足元が覚束ない。

「すいません、私、色々あって、びっくりしてしまってたみたいで。すぐ離れますから」

「いや、少しこのままで居ようか。はは、役得だな」

 言いつつ胸を貸すだけで、西園寺氏はひたすら紳士だった。

「あの、介抱といえ、こんな場所で寄り添うのはよくありませんね」

「でしたら部屋へ案内します? 僕も着替えに戻らなければいけませんし」

「部屋って……困ります。私はそんな意味で申し上げた訳じゃ!」

「あぁ、分かってる、分かってる。だけど着替えをしたいのは本当。貴女もベタついて気持ち悪くない?」

 西園寺氏はオレンジ色に染まったシャツを指摘する。胸元から頬を剥がしてみたところ、しっとりしていたが特に不快感はない。

「ほら、ハンカチ使って」

 西園寺氏が頬をつついて示し、ハンカチを取り出す。

「ご配慮ありがとうございます。私も持っているのでお気持ちだけで結構です」

「それは僕が使ってしまっただろう?」

「まだ使えますーーいや、そんなことより朝比奈が大変失礼しました。申し訳ありませんでした」
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