王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
 優しい包容は雨で崩れてしまった私を再構築していく。自分がここに存在する感覚を得ようと腕を回せば彼が耳元で囁く。

「また着替えなきゃいけませんね」

「す、すいません! せっかくの衣装がこんな」

 彼から離れて謝罪しようとしたら、それは許さないとばかり腕に力が込められた。本気で嫌がれば解かれる強さをあえてそのままにする。

「今度こそ部屋へ案内しても? あいにく下心がないかを証明しようはないけれど」

「だから私はそういう意味で」

 彼はからかう側から私の膝下へ手を差し込み、抱え上げーーいわゆるお姫様抱っこ。

「さ、西園寺さん、何を! 自分で歩けますから!」

「そう? 靴、履いてないよ?」

「そ、それは」

「貴女は打ち上げられた人魚(マーメイド)、僕に会いに来てくれたんだ。奇遇ですね、僕も貴女を探していました」

 この環境下でキザなセリフを物語調に言えるのはシンプルに凄い。頭の回転が早いというか、ポジティブ思考というか。

「私が知っている人魚姫のお話だと、こんなシーンありません」

「なら、これは僕と貴女の物語。展開も結末も僕等で作っていけます。そうだな、手始めに王子が人魚姫に新しい服と温かい飲み物を用意する、というのはどうかな?」
< 52 / 140 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop