王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
「奈美!」

 檄を飛ばされても頭の中が真っ白。覚悟していると言いつつ、いざその場になったら恐怖心で立って居られない。膝がガクガクする。

「ほら、肩を貸せ! こんなところで泣いてる場合じゃないぞ」

「う、うん」

 医師である彼は不測の事態を真正面から受け止め、揺るがない。私の震える肩を擦り、根気強く励ましてくれた。

「大丈夫、大丈夫。泣くな」

「っ、お母さんにもしもがあったら、私、一人に、なって」

 弱音しか出てこず唇を噛んでせき止めるが、上手くいかなくて。むせながら最悪のケースばかり吐き出してしまう。

「とぼけた事言うな! 俺がいる、花梨だってお前の側にいるだろうが? おばさんは大丈夫だし、奈美も一人じゃない」

「うん、うん」

 修司に肩を借り、しがみついていた私はどんな経路でヘリポートに辿り着いたのか覚えていない。

 ドクターヘリには既に母の姿があり、白衣を着込んで修司が次に乗り込む。救急隊員と専門用語で会話する幼馴染を非現実的だなぁと眺めるうち、気が遠くなっていく。

 島は医療施設が乏しいので緊急時はドクターヘリが飛ぶ。まさか母が乗ることになるなんて。

「奈美! お前がしっかりしないでどうする?」

 頬を軽く打たれ、涙と不安で滲む視界を擦る。

「そうだ、ね。私がしっかりしないと」

 アドバイスを復唱した。

「あぁ、そうだ。ほら、そこに座っておばさんの手を握って話し掛けてやれ」

「うん」
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