王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
「学生の頃、これによく乗ってたなぁって。修司は懐かしくない?」

「いや俺は仕事でちょくちょく乗ってるしなーーあぁ、でも奈美が一緒だと大会へ応援しに行ったのを思い出す」

 懐かしそうに目を細め、それから静かに瞑る修司。

「おじさんが健在で、まだ花梨は競泳をやってた。うちの母親が張り切って『島のマーメイド結城奈美』だっけ? 応援旗に刺繍したよな?」

「アーティスティックスイミングは声を出して応援する種目じゃないのに頑張れ、頑張れって演技中ずっと聞こえてた。すごく心強かったよ」

「はは、うちの母親、声でかいもんな。最近、父親の耳が遠くなってきて、夫婦喧嘩のボリュームがやばい。花梨が困ってるんだ」

 何気ない世間話に滲む両親の老い。誰も時間を縫い留めておく事など出来ないんだ。お気に入りだった座席に幼い私は座っていない。

「修司、あのね」

「悪い、寝てもいいか? 着いたら起こしてくれ」

 察知し、修司が会話を打ち切る。

 その後、私は一人で海を見ていた。

 今のところ水面は穏やかであるものの、島育ちの勘が働く。再び嵐が直撃するだろうと。
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