王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて
 手を引かれながら視線を海へ滑らす。豪華客船オリヒメの姿は無かった。

「また嵐が来るみたいですね〜」

 花梨ちゃんは繋いだ手の傷を見ている。

「私、荒れて濁った海や吹き飛ばさそうな風の音を見聞きすると、今も少しだけ不安になります。怖いというより嵐が嫌い」

「……うん、私も」

「けどね、奈美先輩が隣に居てくれれば平気。安心します」

「そっか」
 
 身体を寄せてきて、無邪気に信頼を示す。この柔らかい感触を突き放すなんて私には出来ない。

「先輩が久し振りにうちへお泊まり! 嬉しいな!」

「夜更かしは出来ないよ。お腹がいっぱいになればすぐ寝ちゃうかも?」

「えー! せっかくですし、お布団並べて女子トークしましょうよ!」

「女子トークって……私、幾つだと思ってるのよ」

「女の子は何歳になっても乙女なんです!」

「花梨ちゃんは乙女でも私は子供じゃない」

 半身を花梨ちゃんへ傾け、そう言うのが精一杯だ。修司は無言で後ろに続く。

「いつまでも子供じゃいられないのよ」

 生暖かい空気が三人の間を通り抜けていく。



 ーー真夜中、私は窓を叩く音で目を覚ます。

 朝比奈家の団欒に混ぜて貰い、明るい雰囲気に飲み込まれるよう就寝したものの、夢の扉を荒々しくノックされた。

 隣を見れば花梨ちゃんがぐっすり眠っている。蹴り飛ばされたブランケットを掛け直してあげると擽ったいのか、寝返りを打つ。

(お水、飲もう)

 段々と暗闇に目が慣れ、リボンとレースでラッピングされた彼女らしい内装を見回す。

 と、棚へ並べられたぬいぐるみ達がこちらを監視していた。
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