おさがり姫の再婚 虐げられ令嬢は姉の婚約者だった次期公爵様に溺愛される
 冬の寒い時期でも暖炉に火が灯ることはなく、祖父は厚着をして立ち入っていた。

 シュゼットは誰も見ていないことを確認して、床に膝をついて暖炉に入っていった。

 表から見えた通り、すぐ壁につきあたる。
 手で壁を押してみるがびくとも動かない。

(仕掛けはないようです)

 がっかりして、暖炉を出ようと体をひるがえしたら、祖父の肖像画が再びしゃべった。

『悲しい時は上を向くんだよ』
「は、はい」

 顔を上に向けたシュゼットは、はっとする。

「これは……」

 暖炉の上部は切り抜かれていた。
 ちょうど男性が一人立てるスペースになっているようだ。
 部屋側の壁に、隠し戸棚が作りつけられている。

(もしかして)

 立ち上がったシュゼットは、戸を開けた。
 三段の棚の中断に、探していた宮廷録が六冊とも納められていた。

(おじいさまが隠したんですね)

 六年分の記録はずっしりと重かった。
 恐らく、こうして隠さなければ没収される可能性があったのだろう。
 なくなった宮廷録は、見られては困る人間が意図的に処分したに違いない。

(その人物は、かなりの身分に違いありません)

 あちこちにある蔵書を秘密裏に処分させられるだけの権力を持ち、祖父が命令を聞かざるを得ない人物である。

 敵に回したらただでは済まない予感がした。

(私は読まない方がよさそうですね)

 世の中には知らなかった方がいいことがたくさんある。

 六冊分の宮廷録を持って暖炉を出ると、祖父の肖像画をはじめとして絵がざわざわと騒いだ。

『シュゼットが見つけるとはな』
『こうなると思っていたさ』
『シュゼット、あれもちゃんとしていきなさい。机の引き出しに入っているから』

 シュゼットは祖父の絵に深く頷いて、引き出しに手をかけた――。


 布で包んだ宮廷録を持って書庫を出たシュゼットは、両親に挨拶をしないで馬車に乗り込む。

(私が宮廷録の写しを見つけたことは、誰にも知られてはなりません)

 そのために、引き出しから見つけた鍵を使って書庫を封じてきた。
 ジュディチェルリ家にはシュゼットの他に本を読む人間がいなかったし、鍵もシュゼットの手の中にある。

 これで秘密は守られるはずだ。

 シュゼットは膝に宮廷録と鍵、そして万年筆をのせて車窓をながめる。

 空はもう黄昏だ。
 雲がたなびくオレンジ色の空を、黒い鳥の影が飛んでいく。

(もうすぐ日が落ちますね)

 約束の時は、刻一刻と迫っていた。
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