16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった
翌週の金曜日の夜、自宅アパートから徒歩圏内にある居酒屋で、マヤと上村は約三十年ぶりの対面を果たした。

ミサは子供はおらず、正社員で働いていて、大阪市内の高級マンションに、商社勤務の夫と二人で住んでいるらしい。

上村雄太郎。
思春期の敏感で繊細なマヤの心を傷つけた男は、野球部時代の様子からずいぶん変貌していた。
丸坊主頭の面影は消え、代わりに長めの髪にゆるいパーマがかかっていた。
紺のジャケットに白いスラックス姿で、あごひげを少し生やし、こじゃれた中年男の風貌だった。
しかし、少し吊り上がった意地悪そうな眼光は健在だ。

「仲宗根さん、久しぶり!すごく綺麗になったね。見違えたよ」

わざとらしく顔をほころばせてマヤのグラスにビールを注ごうとするので、慌てて手のひらでグラスを覆った。

「ごめん、お酒は飲めないんだ」

「あ、そうなの?まさか、妊娠…だったりして」

四十超えの女に対して、まず妊娠を疑うだろうか?そもそも友人でもなかったこの男の情報が皆無だ。
訝しみながらも、まずは様子を伺ってみることにする。

「まさか」

とだけ言って、自分のウーロン茶を口にした。

三人で、中学時代の同級生の誰が離婚しただの、海外で音楽家になっている、などの話で意外と場は盛り上がり、あっという間に時間が過ぎ、時計は十時を指していた。

「そろそろ私、帰るね」

そう言ってカバンを持って立ち上がると、慌てて上村もスマホをポケットに入れて言った。

「あ、じゃあ、オレ、送っていくわ。オレも実家に帰るし」

ミサは電車で帰るのですぐ近くの駅の改札口で別れた。

初めて上村と二人きりになり、駅前の商店街を歩きながら自宅に向かうことになった。
居酒屋では饒舌だった上村だが、ミサと別れてからはすっかり無口になっている。
気まずさを感じながら、マヤも無言のまましばらく歩いていたが、ふと上村が口を開いた。

「仲宗根さん、結婚するんだよね」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。
雄太郎を見ると、にこりと微笑みマヤを見つめている。
心臓がドクンと脈打った。

「え?なんで?」

「ふふ。ビックリした?今日、仲宗根さんの口から発表してくれると思ってたんだけど。ミサにも言ってないの?」

マヤは、意味深な表情で笑みを浮かべながら歩く雄太郎から目が離せなくなった。

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