16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった
上村家
「ただいま」
「・・・」
「キミコ?」
自室で机の上のノートパソコンの画面をぼんやりと見つめていたキミコは、ノックの音にも気付かず、夫、雄太郎が自分の名前を呼ぶ声でようやく我に返った。
「あ、お帰りなさい」
咄嗟に画面を閉じたが、雄太郎に見られたかもしれない。〈東京スカイズ〉の公式サイトだ。
急いで部屋を出て、ペニンシュラ型キッチンに入りシチュー鍋に火をつける。
「思っていたより早かったわね。九時くらいだと言ってたから」
「うん、クライアントとのウェブでの打ち合わせが中止になったんだ」
広告代理店で働く雄太郎の通勤服は比較的カジュアルだ。
今日は紺のテーラードジャケットにスリムなベージュパンツ。ネクタイはしていない。
身長は175センチで、最近腹周りの脂肪を気にしているようだが、仕事が不規則でジムに通う時間がとれないと嘆いている。
「あ、そうだ。君が好きな、ほら、バスケの東京スカイズの深瀬って選手、結婚するんだって。知ってた?あ、知ってるよね。俺より詳しいもんね」
部屋着に着替えて自室から戻ってきた雄太郎が、テーブルに付きながらこともなげに言った。
食器棚からシチュー皿を取る手が止まった。
夫は自分がバスケの試合をCSで観ているのを知っている。
本人はサッカーファンなので、とくに興味を示す様子もなく、これまで一度もそれについて触れてくることもなかった。
観ているのはいつも東京スカイズの試合なので、チームのファンだとは気付いていてもおかしくないが、深瀬のことに触れてきたのには一瞬ドキリとした。
「そうなんだ。スカイズの試合はよく観るけど、選手のプライベートまでは知らなかった。深瀬選手結婚するんだ」
サラダとバゲットの用意をしながら、あくまで無関心を装って応えた。
もちろん知っている。
衝撃で心臓が止まるかと思った。ついさっき、ファンクラブのオンライン会報誌で目にしたばかりだ。
《深瀬亨選手(27)、来月結婚と報告!》
相手については触れられていなかったし、キミコは知りたくもなかった。
当然二十代の若くて美しい女に決まっている。
四十一歳の自分が張り合えるわけもなく、辛くなるだけだ。
〈深瀬ロス〉なんてワードがすでにSNS上で飛び交い始めていた。
「すっごくイケメンだし、ファンはショックかもね。でも、相手の年齢がね。聞いてびっくりだよ」
含みを持たせた笑顔で自分の手からそっと皿を取り、シチューを注ぐ夫の横顔を見つめる。
夫は、芸能人やスポーツ選手とも仕事をすることもある。
世間には知られていない情報も、キミコに話すことがこれまでもよくあった。
「どういうこと…?十代とか?」
「いや。ここだけの話だぞ」
キミコは思わずごくりと唾を呑み込んだ。
「・・・」
「キミコ?」
自室で机の上のノートパソコンの画面をぼんやりと見つめていたキミコは、ノックの音にも気付かず、夫、雄太郎が自分の名前を呼ぶ声でようやく我に返った。
「あ、お帰りなさい」
咄嗟に画面を閉じたが、雄太郎に見られたかもしれない。〈東京スカイズ〉の公式サイトだ。
急いで部屋を出て、ペニンシュラ型キッチンに入りシチュー鍋に火をつける。
「思っていたより早かったわね。九時くらいだと言ってたから」
「うん、クライアントとのウェブでの打ち合わせが中止になったんだ」
広告代理店で働く雄太郎の通勤服は比較的カジュアルだ。
今日は紺のテーラードジャケットにスリムなベージュパンツ。ネクタイはしていない。
身長は175センチで、最近腹周りの脂肪を気にしているようだが、仕事が不規則でジムに通う時間がとれないと嘆いている。
「あ、そうだ。君が好きな、ほら、バスケの東京スカイズの深瀬って選手、結婚するんだって。知ってた?あ、知ってるよね。俺より詳しいもんね」
部屋着に着替えて自室から戻ってきた雄太郎が、テーブルに付きながらこともなげに言った。
食器棚からシチュー皿を取る手が止まった。
夫は自分がバスケの試合をCSで観ているのを知っている。
本人はサッカーファンなので、とくに興味を示す様子もなく、これまで一度もそれについて触れてくることもなかった。
観ているのはいつも東京スカイズの試合なので、チームのファンだとは気付いていてもおかしくないが、深瀬のことに触れてきたのには一瞬ドキリとした。
「そうなんだ。スカイズの試合はよく観るけど、選手のプライベートまでは知らなかった。深瀬選手結婚するんだ」
サラダとバゲットの用意をしながら、あくまで無関心を装って応えた。
もちろん知っている。
衝撃で心臓が止まるかと思った。ついさっき、ファンクラブのオンライン会報誌で目にしたばかりだ。
《深瀬亨選手(27)、来月結婚と報告!》
相手については触れられていなかったし、キミコは知りたくもなかった。
当然二十代の若くて美しい女に決まっている。
四十一歳の自分が張り合えるわけもなく、辛くなるだけだ。
〈深瀬ロス〉なんてワードがすでにSNS上で飛び交い始めていた。
「すっごくイケメンだし、ファンはショックかもね。でも、相手の年齢がね。聞いてびっくりだよ」
含みを持たせた笑顔で自分の手からそっと皿を取り、シチューを注ぐ夫の横顔を見つめる。
夫は、芸能人やスポーツ選手とも仕事をすることもある。
世間には知られていない情報も、キミコに話すことがこれまでもよくあった。
「どういうこと…?十代とか?」
「いや。ここだけの話だぞ」
キミコは思わずごくりと唾を呑み込んだ。