16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった

キミコの暴走

東京の、とある1LDKのマンション。
トオルはベッドの上で仰向けになったままため息をついた。

「『深瀬ロス』だってよ!」

チームメイトがロッカー室で口々にトオルを揶揄う声が耳に残っている。

トオルはネットニュースは見ないし、SNSのアカウントも持っていない。
チームのアカウントに、時々自分のことも投稿されているのは知っているが、見たこともない。
だが、その自分が知らない世界で、今、自分の結婚のことが騒がれているらしい。

「今は、有名無名にかかわらず、個人のプライバシーなんてすぐに拡散するからなー。お前の婚約者が身バレするのも時間の問題だぞ。離れてるなら、余計気を付けろよ」

そのチームメイトによると、『お相手探し』というトピックで、勝手な憶測が飛び交っているらしい。

マヤの妊娠報告を受けてすぐ、籍を入れることでマヤと合意した。
年末休みにマヤが東京に来て、二人で役所に行くことにしている。

ただ、その後も別居婚を続け、マヤは出産も大阪でする。
高校生のユカや、マヤの両親が近くにいる方が何かと安心だからだ。

トオルは自分の異常な人気ぶりには鈍感で、ファンクラブ会報誌の取材の際、マヤのことを特に隠すこともなく話していた。
だが、同席していたスタッフが配慮して、「別居婚」であること以外の情報は記載されずに済んだ。
それでもその発表後は、ファンや週刊誌の記者などが押しかけては、しつこく聞かれるようになり辟易しているところなのだ。


翌朝は、愛知県への遠征の日で、現地まで一人で向かうことになっている。日の出前に起床し、自分で作った簡単な朝食を食べ、黒のジャージを着てダッフルバッグを抱え部屋を出た。
マンションのエレベーターを降り、まだ人気の無い静かな玄関ホールの自動ドアを出た時だ。
空はまだ薄暗かった。前方にある植え込みの木の陰から、ふわりと人が現れ、心臓が飛び出そうになった。
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