【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている
19 小崎くんの嘘つき
⚪︎場所:昇降口〜廊下
体育祭から一ヶ月。
結莉乃と小崎が別れたという噂は、あっという間に校内に広まった。
登校してきた結莉乃は下駄箱で靴を履き替える。
するとひとつ隣の下駄箱で女子たちの噂話が耳に届く。
女子A「ねえ、さっき小崎くんたちいたよ」
女子B「あー……見た見た、やばいよね」
女子C「また別の女連れてたんでしょ」
女子D「ほんと最悪、どんだけ女癖悪いんだよって感じ」
囁かれているのは小崎の悪い噂。
→結莉乃は黙ったままその場を去る。
女子たちは結莉乃の姿に気づき、少し憐れむような目で同情する。
女子A「可哀想だよね、あの子」
女子B「あー、川村さんね。四ヶ月ぐらい遊ばれてた子」
女子C「ひどいよね、小崎くん」
女子D「イケメンだからって何しても許されると思ってんのかな」
結莉乃は俯き気味に廊下を歩く。
するとしばらくして、複数の女子に囲まれた小崎の姿が見える。
ギャルA「やだぁ、翠ってば何言ってるの〜」
小崎「んー? 別に? 可愛い子に可愛いって言ってなんかおかしい?」
ギャルB「ねー、翠くん、あたしにも言ってよー」
小崎「あは、キミも可愛いよ」
ギャルB「きゃー♡」
派手な女子にくっつかれ、両手でその腰を抱いている小崎。
→そこへ結莉乃が通りかかる。
→小崎と一瞬目が合うものの、すぐに逸らされる。
小崎「……あっち行こうか」
ギャルたち「うん!」
露骨に結莉乃を避け、小崎は離れていく。
結莉乃は黙ってその後ろ姿を見つめ続ける。
→間宮と佐々木がそっとやってくる。
佐々木「か、川村さん……」
結莉乃「!」
間宮「おはよ……」
小崎が結莉乃を避けるところを見ていたらしく、やや気まずそうな二人。
しかし結莉乃は笑顔で答える。
結莉乃「うん、おはよ!」
佐々木「……あの、大丈夫だった……?」
結莉乃「何が?」
佐々木「その……小崎くん、今……」
間宮「ちょっと、やめなよ。ほら、教室行こ、二人とも」
間宮はみなまで聞かず、二人を先導する。
小崎は結莉乃と別れて以降、露骨に女遊びをするようになった。さらには『川村さんのことは遊びだった』と自ら言いふらし、校内では小崎のイメージが著しく低下している。
一方、結莉乃は『小崎に脅されて無理やり遊ばれていた』という認識となって周りから同情され、以前より優しい声をかけられるようになった。
→露骨な悪役となってしまった小崎にヘイトが集まり、結莉乃が票を得た状態。
結莉乃はそっと振り返るが、もう小崎の姿はなかった。
⚪︎場所:教室
結莉乃が席に座っていると、不意に声がかけられる。
双葉「川村さん、ちょっといい?」
現れたのは双葉。
結莉乃に向かって手招きする。
双葉「……話がある」
⚪︎場所:空き教室
双葉に呼び出された結莉乃。
結莉乃「今日はどうしたんですか、有沢さん」
双葉「……分かってるでしょ、翠のことよ」
結莉乃「ああ、小崎くん。今日も元気そうだったね」
結莉乃は薄く微笑みながら頷く。
双葉は壁にもたれ、嘲笑を浮かべる。
双葉「……ほんとにね。毎日毎日別の女と遊び歩いて、お元気そうで何より」
結莉乃「あれ、意外。有沢さんは今の小崎くんを見て怒るかと思ってたけど」
双葉「もうとっくに怒ったっつーの。あみりも樹も心配してるし、マジでブチギレてやったわ」
うんざりしたような表情で言う双葉。
一呼吸置き、双葉は続ける。
双葉「……あたしさ、翠に告ったよ」
結莉乃「!」
双葉「小学生の頃から、ずっと好きだったって。ちゃんと心からの本心で告白した」
「そしたらアイツ、なんて言ったと思う?」
双葉の問いかけに、結莉乃は何も言わない。
→双葉は半笑い。
双葉「『いいよ、じゃあ付き合う?』だってさ。面白いでしょ」
結莉乃「……それで、有沢さんは、なんて言ったの」
双葉「『ふざけんな』ってぶん殴った」
すっぱりと答える双葉。
結莉乃は少しだけ驚く。
双葉「何が『じゃあ付き合う?』だよ、これっぽっちもあたしに恋愛感情なんかないくせに。マジでナメんなと思って、こっちから玉砕してやった」
結莉乃「……有沢さんは、それでよかったの?」
双葉「いいんだよ、あたしはあたしのプライドを守ったの。だからあんたにクレームつけにきた」
双葉は凛として結莉乃を見る。
→もう吹っ切れたような表情。
双葉「いつまで放っとくつもり、あれ。あんただって分かってるでしょ、どうせ誰かに何か言われてアイツがあんなアホなことしてるって」
結莉乃「……」
双葉「このままじゃどんどん周りの目が厳しくなって、さらに極悪人になっていくよ、アイツ」
結莉乃「……そうかも。でも、私も有沢さんと同じだよ」
双葉「は?」
結莉乃「怒ってるの。小崎くんに」
結莉乃は薄く微笑んだまま視線を落とす。
結莉乃「意気地なしの大嘘つき。だからもう知らない」
結莉乃の言葉に双葉はため息を吐き、近くの机に腰掛ける。
→一呼吸置き、双葉は小崎の身の上を語り始める。
双葉「翠ってさあ、小学一年の頃、両親が離婚してんだよね」
結莉乃「!」
双葉「原因は母親の不貞行為。しかも何人も男がいたらしくて、小さい翠を放置して遊び歩いてばかりだったから、親権は父親に渡って離婚になったんだってさ」
双葉の話を聞きながら、結莉乃は以前『父親が親権を取ること』について調べたことを思い出す。
→条件の中に『虐待』などが入っていたことも思い出す。
結莉乃「……じゃあ、小崎くんは、お母さんから暴力とか受けてたわけじゃなかったんだ……」
双葉「は? 暴力? 何で?」
結莉乃「いや、ほら、小崎くんって目の上に傷があるでしょ? もしかして……って心配してたの」
双葉「ああ、あの傷ね……」
双葉は頷き、続けて語る。
双葉「あれはね、翠が自分で怪我したの」
結莉乃「え? 自分で?」
双葉「そう。親の離婚が決まってすぐ、翠は公園の滑り台の上からわざと飛び降りた。その時に頭打ってできた傷だよ」
結莉乃「え!? 待って、それ死のうとしたってこと!?」
双葉「違う。アイツはただ、怪我がしたかっただけ。……自分が大怪我すれば、母親が心配して会いに来てくれると思ったんだってさ」
自嘲気味に吐き捨てる双葉。
結莉乃は驚き、黙り込む。
双葉「簡単に言うと、心配をかけることで母親の愛情を試したのよ。祭りの時のあたしみたいにね
」
→双葉の話は続く。
双葉「でも、翠の母親は会いに来なかった。翠は目の上を何針も縫って、足を骨折までしたのに、母親が姿を見せてくれることは一度もなかった」
結莉乃「……」
双葉「翠はね、母親のことが大好きだったの。でも報われなかった」
「翠は可哀想。いつも誰かを一方的に愛してる。でも愛されたいって考えるのは怖いんだって。愛されてないのが分かった時、何よりも辛いから」
遠い目をする双葉。
双葉「翠の愛は優しいの。優しすぎる。自分だけが相手を愛してればいいって、報われなくても幸せだって、自分に言い聞かせてる。相手に愛されることよりも、自分だけが愛し続けることを選ぶ」
「そんなアイツが、あんたをただの遊びで振り回すとは思えない。悔しいけど、アイツがあんたを思う気持ちは嘘じゃなかったよ」
「……それだけは、伝えておく」
語り終えた双葉。
結莉乃はじっと彼女を見つめ、微笑む。
結莉乃「……知ってる」
双葉「!」
結莉乃「小崎くんが私のこと悪ふざけで振り回すわけないって、今なら自信持って言える。あの人はずっと本気だった。本気で私を好きすぎてた」
双葉「え? でもあんた、さっき翠のこと嘘つきって……」
結莉乃「嘘つきでしょ」
「私のこと好きじゃないなんてつまんない嘘ついて、アホなことしてるんだもん。大嘘つきだよ」
「いつまで意地張ってるつもりだろうね」
窓の外を見ながら言い放つ結莉乃。
→自信に満ちた表情。(小崎に対する信頼が強くなっている)
双葉は一瞬目を見開き、やがて呆れ顔に。
双葉「……何それ、全部分かってやってるわけ? あんた、やっぱ悪い女なんじゃないの」
結莉乃「ふふ。心配してくれてありがとね、有沢さん」
双葉「心配してたわけじゃねえわ! 調子乗んな!」
拗ねた顔の双葉に頬をつねられ、結莉乃はいたずらに笑った。
⚪︎場所:帰宅路(小崎視点・放課後)
女子をはべらせて帰宅している小崎。
→腕に絡みつかれている。
→やがて分かれ道で、それぞれ別の道へ。
女子「それじゃ、またね〜っ! 小崎くん!」
小崎「うん、じゃーね」
笑顔で手を振り、女子と別れた小崎。
ようやく一人になり、疲弊した表情で息を吐く。
→体に染み付いた強い香水の匂いに表情が険しくなる。
小崎(あー、この匂い、好きになれねー……)
ため息混じりに歩いていると、背後から足音。
→突然腕を掴まれ、振り返った瞬間に小崎は殴られる。
ゴッ!
小崎「いっ……!」
誰もいない細道に倒れ込む小崎。
→そのまま何者か(学ラン姿)が小崎に馬乗りになり、胸ぐらを掴む。
→正体は結莉乃の弟・陽介。
小崎「……! 陽、介、くん……」
陽介「ふざけんなよ、お前!!」
陽介は泣きそうな顔をしている。
何が言いたいか悟り、小崎は目を細めて薄く笑う。
小崎「……はは……君は、絶対そのうちに俺を殴りにくると思ったよ……」
陽介「……信じてたのに……お前なら、姉ちゃんのこと、傷付けたりしないって……」
小崎「うん、ごめん。気が済むまで殴っていい」
陽介「うるせえ、黙れよ! かっこつけやがって!」
「お前も結局、植原先輩と同じじゃねえかよ!」
※植原=結莉乃の中学時代の元彼。第六話参照。
小崎「植原先輩……? 誰、それ……」
陽介「姉ちゃんの最初の彼氏だよっ……! お前みたいなモテ男で、女好きで、周りから釣り合わないってバカにされて……!」
「結局、姉ちゃんは、植原先輩に遊ばれただけだった……」
初耳の話に、小崎は目を見張り、ゆるゆると視線を落とす。
小崎「ああ、だから、君は俺から、姉ちゃんを守ろうとしたんだ……」
陽介「そうだよッ、このクソ野郎!! 姉ちゃんが気弱だからって、もてあそんで、傷付けて……! お前なんか……っ、お前なんか!」
怒鳴りつけ、拳を振り上げる陽介。
しかし迷いが生まれて殴ることができず、表情を歪め、小崎の胸にぽこんと力なく拳が落ちる。
陽介「……お前なんか、大っ嫌いだ……」
涙目で吐き捨て、陽介は立ち上がり、去っていく。
→陽介のカバンには、テープで何度も補強されたボロボロの折り鶴が揺れている。(結莉乃が昔作った折り鶴)
小崎は陽介の後ろ姿を見送り、上体を起こす。
その直後、加賀と鉢合わせる。
小崎「……!」
加賀「よぉ、浮かないツラしてどうした、小崎」
加賀は小崎を見下ろして問いかける。
小崎は眉をひそめ、目をそらしながら立ち上がる。
加賀「何だよ、女遊びしすぎて男から殴られたか? さすがモテ男、無垢な女子生徒をもてあそんだ極悪人として有名になったくせに、寄ってくる女は全然途絶えねえのな」
小崎「……加賀」
加賀「あ?」
小崎「俺に勝って満足か?」
小崎は表情もなく問う。
加賀は何も言わない。
小崎「すべてお前の思惑通りだ。こうなることを望んでたんだろ、お前」
「俺が川村さんを手酷く捨てて、悪評を被る──そうすれば、川村さんを擁護する声が多くなる。彼女は孤立せずに済む」
「一方で、俺の評価は地の底。お見事、お前の大勝利だ」
フン、と鼻を鳴らす加賀。
退屈そうに小崎の顔を覗き込む。
加賀「お前なら、結莉乃と別れずに付き合い続ける道を選ぶ気もしてたんだけどなぁ」
小崎「……あのまま付き合い続けたって、お前の暴露のせいで妙な憶測が横行するに決まってんだろ。俺といるだけで、川村さんが変な目で見られる」
加賀「だから大人しく別れたってわけか? わざと嫌われるようなこと言って、自分の方に学校中のヘイトを集めて」
小崎「お前がそう仕向けたんだろッ!!」
苛立った様子で小崎が声を張る。
しかし加賀は動じない。
加賀「いいや、違う。お前がそれを望んで、選んだんだ。お前のせいだよ」
小崎「ふざけんな、俺はこうするしかなかったんだ! お前が余計なことしたせいで……!」
加賀「俺があそこで暴露してなくても、遅かれ早かれ誰かが暴露してた。その時もっと余計な尾ひれがついて、最悪の状態で噂が出回ったらどうする? 結莉乃が悪者にされちまったらどうする?」
小崎「……っ」
加賀「俺はそれを防いだんだ。もっとも良いタイミングで、お前らの関係をぶっ壊した」
くすりと笑い、加賀は小崎の肩に手を置く。
加賀「まあ、安心しろよ。お前に捨てられた可哀想な結莉乃は、俺が優しく慰めてやる」
小崎は加賀を睨む。
小崎「……川村さんに何かしたら、絶対許さねえぞ」
加賀「もうお前にその台詞を吐く権利はねえよ。一人でこそこそ影から愛してりゃじゅうぶんなんだろ、健気だねえ」
小馬鹿にしたように言い、加賀はその場を去っていく。
小崎は悔しげに歯噛みし、重い足取りで帰路についた。
加賀に結莉乃が泣かされるかもしれないと考えただけで、吐きそうだった。
⚪︎場所:小崎宅(賃貸マンション)
小崎「ただいま……」
か細く声をかけるが、誰の返事もない。
暗い部屋の中に電気をともす。
→小綺麗だが、少し寂しい殺風景な部屋。
机の上には、走り書きのメモと千円札。
メモ『すまん、やっぱ今日も仕事で遅くなりそうだ。いつも一人でメシ食わせてごめんな。お茶だけ冷蔵庫に入れときました、ご飯は好きなもの買ってね。パパより』
そのメモを暗い目で眺め、フッと笑う。
小崎「……別に、いつものことだし、謝んなくていいのに……」
お金は取らず、ふらふらと自室へ。
→薄暗い部屋。
→制服のまま簡素なベッドに倒れ込む。
小崎(あー、頭いてえ……最近殴られ続きだったからかな……双葉にも殴られたし……)
(やばい、寝るな、俺……洗濯も溜まってるし……やっとかないと、親父が困るだろうし……)
(風呂も掃除して、水出しのお茶も入れ替えて……そうだ、バイト先も増やさねーと……貯金して、自立して……親父が、少しでも、楽に……)
ベッドに斜めに倒れ込んだまま、目を閉じる小崎。
ベッドボードの飾り棚には、離婚して出ていった若かりし頃の母の写真と、陽介が持っていたものと同じ、下手くそな折り鶴が飾られていた。
第19話/終わり