魅了持ちの姉にすべてを奪われた心読み令嬢は、この度王太子の補佐官に選ばれました!
「あなたは『余計なことをされた』だなんて思っていない。本当は誰かを傷つけたいわけじゃなかったんですよね? ……だって、あなたは迷っていたから。本当は引き返したくてたまらなかったんでしょう?」


 オティリエの言葉に男性は首を横に振る。彼は噛みつかんばかりの勢いで、ぐっと身を乗り出した。


「違う! わかったようなことを言うな! 俺は一度だって『引き返したい』なんて後ろ向きなことを考えちゃいない! なにがあってもやりとげると! 絶対に思い知らせてやるって思っていた」

「そうですね。たしかに、心の声はそう言っていました。……自分の心をごまかすために。自分を鼓舞するために。……そうでしょう?」


 オティリエが尋ねる。男性はグッと眉間にシワを寄せた。


「『許さない』『行かなきゃ』『よし行こう』『殺すんだ』って、何度も何度も聞こえました。それなのに、あなたはなかなか動き出さなかった。広場の近くに到着していたにも関わらず、です」

「そ、そんなの当たり前のことだろう? 俺がしようとしていたことはそれほどまでにだいそれたことで……」

「そんなふうに思っている時点で、あなたは本当は『嫌』だったんですよ。そんなこと、したくなかったんです」


 人の心はときに嘘をつく。自分自身を騙すために。正当化するために。――守るために。真逆のことすら考える生き物なのだ。


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