弔いのグラタン
 私と弟は、その人の事を終始マユミサンと呼んでいた。

 ある程度の常識は備わっていたのだ。 12才と10才の少年少女が、一回りも年上の女性に対して『呼び捨て』や『ちゃん付け』もしくは『あだ名』で呼ぶことは出来なかった。


 ひとつの恋が終わると、マユミサンを思い出す。

 さっき、私は、かつて好きで好きで仕方がなかった男に電話で別れを切り出したばかりだった。
 明るい声を努めたが、重い空気になるのは仕方がない。

 私の別れに理由はないに等しい。

 敢えて理由を探すなら、さっきな電話で冗談まじりに「結婚」の話を持ち掛けて来たことと、今、レースのカーテンの向こうにアケビ色の空が広がっていること。

 うん、これでじゅうぶん。

「よし、今日はグラタンにしよう」
と、自分にかつを入れる。

 一人暮らしの女が独り言をよく発するのは世の常。自分の為だけに、夕食を作るのには、気合いが必要なのだ。

 グラタンを一人で食べて、恋した気持ちを弔う。

 別れた夜の儀式だったりする。

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