kissしてサイキック‼~無能力者のハズの私が生徒会に溺愛される⁉~
18:光へ
──誰かが、泣いている。
──泣かないで。
──私はどうにか苦しそうに、唸るように泣く誰かを抱きしめた。
──この温もりは知ってる。
──この不安そうな声も。
──未来空先輩。
「っ、あぁ、嫌だ、やめろ、俺に近づくなっ!!」
未来空先輩は興奮していた。私は黙って背中合わせになり、先輩が落ち着くまで待つことにした。
辺りはただの闇だ。暗闇に目が慣れれば、この闇の世界には真っ黒いビル、車……様々な形の“影”があることに気づく。だけど所詮は影。動きはしないし、そこに生命は感じない。ただ、揺らめいている。
なんて寂しい世界なんだろう。これが、この果てのない闇の世界が、先輩の能力……?
しばらく黙っていると、先輩の呻き声が止んだ。どうやら落ち着いたようだ。
「…………、」
「落ち着きましたか?」
「逆にお前は、この世界を見て、なんでそんなに落ち着いてんだよ」
「なんとなくわかりますよ。これが先輩の能力なんだって。自分の作った闇の中の世界に入ることの出来る能力ですか?」
「そんなところだな。この能力はなんでも飲み込む。まぁ、一つを除いて、建物みてぇな大きなものを飲み込んだことなんざねぇけどな」
未来空先輩はそっと立ち上がり、ゆっくり歩いていく。
闇の街はどこまでも続いた。
「この街はやっぱり本当の建物じゃないんですね」
「俺のイメージから勝手に影が作った偽物だ」
なんて不思議な能力。
私がそう呟くと、未来空先輩は私に振り向く。その顔はとても悲しそうだった。
「忌々しい能力だよ。そういう意味では俺によく似合っている。俺にあの世界は……眩しすぎんだよ」
この世界には出口がある。そう言ったっきり、先輩は何も言わなかった。
ただ、風が吹くような音だけが聞こえる。そもそも気圧とかあるのか。周囲にはただただ暗闇があるだけで……。
「寂しくないんですか?」
思わず聞いてしまった。私の声はやけに辺りに響く。先輩は振り向かなかった。
「今のお前みたいに、誰かをこの世界に引きずり込めって言いたいのかよ」
「いえ。すみません」
「ちっ。なんでてめぇなんざ助けちまったんだか。……言っておくがあいつに次会ったら全力で逃げろ。あのクソ野郎、お前を俺の女だと思ってやがる。ちょっかい出される前に逃げろ」
「明さん、ですよね。……随分、嫌ってるんですね」
「あいつにとっちゃ俺は〝玩具〟でしかねぇ。あいつの人生をそれはそれは面白くするためのな。両親もあいつのいいなりだった」
初めて未来空先輩の口から両親の存在が出てきた。
「……兄弟なのに?」
「兄弟だからこそ、だ。あいつは能力のない俺を弟とは──そもそも人間とは見なかった。両親も、根っからの能力至上主義者だったから同様だ」
「でも先輩は、こんなに凄い能力を開花させた」
未来空先輩はピタリと足を止める。
目の前に立派な屋敷があった。この屋敷は、影じゃない。
「この屋敷は……もしかして、先輩の、家ですか?」
「だったもの、だ。こうして家を丸ごと吸い込んだ俺を見て両親は尻尾巻いて海外に逃げたらしい。今までの虐待の腹いせに自分達も飲み込まれると思ったんだろうよ」
「そんな……」
「まぁ、見えなくなる分にゃ別にいい。むしろありがてぇくらいだ」
屋敷に入ると、立派な銅像だとか、高そうな絵画だとか、雰囲気のある廊下が続いた。
その向こうに、微かに光の粒が見える。
「ここを真っ直ぐ行けば生徒会室前だ。そう設定した。安心しろ」
「え、それって、実質空間移動も出来るってことですか? す、すごい!」
「いいから。はやく行け」
「でも、先輩は?」
「……俺はまだここにいる」
未来空先輩は私の背中を促すように押す。
私は振り向いた。まい先輩が言っていた、「放っておけない」っていう言葉を今、身をもって実感する。
「嫌です」
「あぁ!?」
「私は独りでは、ここから出たくありません」
今の未来空先輩を独りにしたくない。そういう意思表示だった。
未来空先輩は動揺しているようだ。
「お前、何言ってんだよ」
「分かりませんか? 先輩も一緒じゃないと帰りません」
「あぁ? 勘弁してくれ。独りになりたいんだよ、もう」
「私は先輩を独りにしたくないんです! ずっとついて回りますから!」
「……マジでそうしそうで怖いわ、お前……」
未来空先輩はこれでもかというほどの深いため息を吐くと、出口へと足を向けた。
「先輩?」
「出るんだろ。これ以上お前に俺の世界を荒らしてほしくねーんだよ」
私は先輩の後ろを歩く。光の粒はどんどん大きくなっていき、ついにもうすぐそこまできた。
あと一歩。しかしそこで先輩は動かなくなった。
「先輩?」
「…………っ」
先輩の身体は震えていた。
「皮肉な話だろ。この光の中に入ったら、またクラス全員から指差されて笑われるんじゃないかって、またあのクソ兄貴に弄ばれるんじゃないかって、また両親に殴られるんじゃないかって。ここに立ったら、いつもそんなんで頭がいっぱいになる」
先輩の声が、それらの経験がどれだけ先輩の中で怖いものなのか、嫌というほど伝わってくる。
「未来空輝っていう名前を付けられた俺が、光が怖いなんて、ほんと、皮肉以外の何でもねぇ」
そう言って俯く先輩の後ろ姿はこの世界に来てから一番弱弱しく感じた。
今度は私が先輩の背中を押す。
「私でよければ、先輩が自分から光に戻りたくなるように、お手伝いします!」
「あ?」
「生徒会活動とか、楽しくなるように色々やってみましょう! あと明さんがまた来たら、私が追い返します! 能力は使えないけれど、傘は使えるし!」
「傘、あの場所に置いてきただろ」
「え? あ、本当だ。お気に入りだったのに……!!」
肩を落とす私に、笑い声が落ちてきた。
慌てて顔をあげれば、未来空先輩はうっすら笑っているではないか。
先輩ははっと我に返ると、そっぽを向く。
「先輩、今!」
「るせぇ! 見るな!!」
照れ隠しからか、光の中へ飛び込んだ先輩。
光の向こう側は本当に生徒会室前だった。
「ほら、先輩。明さんも、クラスメイトも、未来空先輩を虐める人なんていませんよ?」
私がそう言うと、先輩は気まずそうに目を逸らす。
すると。
生徒会室の扉が開いた。
「あ」
「あ……」
生徒会室から出てきた芥川先輩がぱちくりと私と未来空先輩を見る。
すると先輩の後ろから学園長とまい先輩も顔を見せた。
「あ、やっと帰ってきた! 皆で今探しに行こうとしたんだよ! 二人に何かあったんじゃないかって!」
「……おかえり、輝。桜さん。さぁ、パトロールの慰労会をやろうか」
学園長が優しく微笑んで、私達を招き入れた。私はそっと未来空先輩を見る。先輩は口を開けたまま、ぼうっとしていた。
「むしろ光の向こうには、大切な家族と仲間がいたじゃないですか」
「…………すっげーくせぇ台詞だな、おい」
先輩はそれだけ言って、唇を噛みしめている。
その時の先輩の、笑ってしまうのを堪えているのか、泣くまいと耐えているのか分からない顔を私は一生忘れないでおこうと思った。
──泣かないで。
──私はどうにか苦しそうに、唸るように泣く誰かを抱きしめた。
──この温もりは知ってる。
──この不安そうな声も。
──未来空先輩。
「っ、あぁ、嫌だ、やめろ、俺に近づくなっ!!」
未来空先輩は興奮していた。私は黙って背中合わせになり、先輩が落ち着くまで待つことにした。
辺りはただの闇だ。暗闇に目が慣れれば、この闇の世界には真っ黒いビル、車……様々な形の“影”があることに気づく。だけど所詮は影。動きはしないし、そこに生命は感じない。ただ、揺らめいている。
なんて寂しい世界なんだろう。これが、この果てのない闇の世界が、先輩の能力……?
しばらく黙っていると、先輩の呻き声が止んだ。どうやら落ち着いたようだ。
「…………、」
「落ち着きましたか?」
「逆にお前は、この世界を見て、なんでそんなに落ち着いてんだよ」
「なんとなくわかりますよ。これが先輩の能力なんだって。自分の作った闇の中の世界に入ることの出来る能力ですか?」
「そんなところだな。この能力はなんでも飲み込む。まぁ、一つを除いて、建物みてぇな大きなものを飲み込んだことなんざねぇけどな」
未来空先輩はそっと立ち上がり、ゆっくり歩いていく。
闇の街はどこまでも続いた。
「この街はやっぱり本当の建物じゃないんですね」
「俺のイメージから勝手に影が作った偽物だ」
なんて不思議な能力。
私がそう呟くと、未来空先輩は私に振り向く。その顔はとても悲しそうだった。
「忌々しい能力だよ。そういう意味では俺によく似合っている。俺にあの世界は……眩しすぎんだよ」
この世界には出口がある。そう言ったっきり、先輩は何も言わなかった。
ただ、風が吹くような音だけが聞こえる。そもそも気圧とかあるのか。周囲にはただただ暗闇があるだけで……。
「寂しくないんですか?」
思わず聞いてしまった。私の声はやけに辺りに響く。先輩は振り向かなかった。
「今のお前みたいに、誰かをこの世界に引きずり込めって言いたいのかよ」
「いえ。すみません」
「ちっ。なんでてめぇなんざ助けちまったんだか。……言っておくがあいつに次会ったら全力で逃げろ。あのクソ野郎、お前を俺の女だと思ってやがる。ちょっかい出される前に逃げろ」
「明さん、ですよね。……随分、嫌ってるんですね」
「あいつにとっちゃ俺は〝玩具〟でしかねぇ。あいつの人生をそれはそれは面白くするためのな。両親もあいつのいいなりだった」
初めて未来空先輩の口から両親の存在が出てきた。
「……兄弟なのに?」
「兄弟だからこそ、だ。あいつは能力のない俺を弟とは──そもそも人間とは見なかった。両親も、根っからの能力至上主義者だったから同様だ」
「でも先輩は、こんなに凄い能力を開花させた」
未来空先輩はピタリと足を止める。
目の前に立派な屋敷があった。この屋敷は、影じゃない。
「この屋敷は……もしかして、先輩の、家ですか?」
「だったもの、だ。こうして家を丸ごと吸い込んだ俺を見て両親は尻尾巻いて海外に逃げたらしい。今までの虐待の腹いせに自分達も飲み込まれると思ったんだろうよ」
「そんな……」
「まぁ、見えなくなる分にゃ別にいい。むしろありがてぇくらいだ」
屋敷に入ると、立派な銅像だとか、高そうな絵画だとか、雰囲気のある廊下が続いた。
その向こうに、微かに光の粒が見える。
「ここを真っ直ぐ行けば生徒会室前だ。そう設定した。安心しろ」
「え、それって、実質空間移動も出来るってことですか? す、すごい!」
「いいから。はやく行け」
「でも、先輩は?」
「……俺はまだここにいる」
未来空先輩は私の背中を促すように押す。
私は振り向いた。まい先輩が言っていた、「放っておけない」っていう言葉を今、身をもって実感する。
「嫌です」
「あぁ!?」
「私は独りでは、ここから出たくありません」
今の未来空先輩を独りにしたくない。そういう意思表示だった。
未来空先輩は動揺しているようだ。
「お前、何言ってんだよ」
「分かりませんか? 先輩も一緒じゃないと帰りません」
「あぁ? 勘弁してくれ。独りになりたいんだよ、もう」
「私は先輩を独りにしたくないんです! ずっとついて回りますから!」
「……マジでそうしそうで怖いわ、お前……」
未来空先輩はこれでもかというほどの深いため息を吐くと、出口へと足を向けた。
「先輩?」
「出るんだろ。これ以上お前に俺の世界を荒らしてほしくねーんだよ」
私は先輩の後ろを歩く。光の粒はどんどん大きくなっていき、ついにもうすぐそこまできた。
あと一歩。しかしそこで先輩は動かなくなった。
「先輩?」
「…………っ」
先輩の身体は震えていた。
「皮肉な話だろ。この光の中に入ったら、またクラス全員から指差されて笑われるんじゃないかって、またあのクソ兄貴に弄ばれるんじゃないかって、また両親に殴られるんじゃないかって。ここに立ったら、いつもそんなんで頭がいっぱいになる」
先輩の声が、それらの経験がどれだけ先輩の中で怖いものなのか、嫌というほど伝わってくる。
「未来空輝っていう名前を付けられた俺が、光が怖いなんて、ほんと、皮肉以外の何でもねぇ」
そう言って俯く先輩の後ろ姿はこの世界に来てから一番弱弱しく感じた。
今度は私が先輩の背中を押す。
「私でよければ、先輩が自分から光に戻りたくなるように、お手伝いします!」
「あ?」
「生徒会活動とか、楽しくなるように色々やってみましょう! あと明さんがまた来たら、私が追い返します! 能力は使えないけれど、傘は使えるし!」
「傘、あの場所に置いてきただろ」
「え? あ、本当だ。お気に入りだったのに……!!」
肩を落とす私に、笑い声が落ちてきた。
慌てて顔をあげれば、未来空先輩はうっすら笑っているではないか。
先輩ははっと我に返ると、そっぽを向く。
「先輩、今!」
「るせぇ! 見るな!!」
照れ隠しからか、光の中へ飛び込んだ先輩。
光の向こう側は本当に生徒会室前だった。
「ほら、先輩。明さんも、クラスメイトも、未来空先輩を虐める人なんていませんよ?」
私がそう言うと、先輩は気まずそうに目を逸らす。
すると。
生徒会室の扉が開いた。
「あ」
「あ……」
生徒会室から出てきた芥川先輩がぱちくりと私と未来空先輩を見る。
すると先輩の後ろから学園長とまい先輩も顔を見せた。
「あ、やっと帰ってきた! 皆で今探しに行こうとしたんだよ! 二人に何かあったんじゃないかって!」
「……おかえり、輝。桜さん。さぁ、パトロールの慰労会をやろうか」
学園長が優しく微笑んで、私達を招き入れた。私はそっと未来空先輩を見る。先輩は口を開けたまま、ぼうっとしていた。
「むしろ光の向こうには、大切な家族と仲間がいたじゃないですか」
「…………すっげーくせぇ台詞だな、おい」
先輩はそれだけ言って、唇を噛みしめている。
その時の先輩の、笑ってしまうのを堪えているのか、泣くまいと耐えているのか分からない顔を私は一生忘れないでおこうと思った。