皇帝陛下がやっぱり離縁したくないと言ってくるのですが、お飾り妃の私が伝説の聖女の生まれ変わりだからですか?
不穏な出来事
エリーヌは馬車の窓から入り込む風をめいっぱい吸い込んだ。
(とっても清々しいわ)
宮殿の外に出るのは、婚姻のためランシヨンから来たとき以来である。
「僕と一緒に来て正解でしょ」
エリーヌの隣でアンリが屈託なく笑う。
「はい、気分が違うものですね」
アンリにシャルマン湖に行こうと誘われたのは一週間前のこと。リオネルに許可を得て、ニコライとアンリの侍従であるセバスカルを従え、アンリとアガットの三人で馬車に揺られている。
リオネルも同行したかったようだが、公務に余裕がないそうだ。
アンリには馬で行こうと提案されたが、乗馬はできれば避けたい。幼いときのような恐怖は感じなくなったものの、それはリオネルが一緒に乗ってくれたからこそ。ひとりで手綱を握るのは無理だ。
「アンリ様は馬のほうがよかったのではないですか? 訓練にもなりますし」