皇帝陛下がやっぱり離縁したくないと言ってくるのですが、お飾り妃の私が伝説の聖女の生まれ変わりだからですか?
(せめて出血だけでも止められたらいいのだけど……)

不意に、夢で見たミュリエルの姿がエリーヌの頭に浮かぶ。マティアスの傷を癒した場面だ。

(私に彼女みたいな魔力はないけれど、祈りだけでも)

傷口を覆っている布に両手を重ねる。

(たしか彼女はあのとき……)


聖なる癒し(ホーリーヒーリング)


そんな詠唱をしていた記憶があったため、エリーヌは真似をしてごく小さく囁いた。

(お願い、アンリ様を助けたいの。今だけでいいから力を貸して!)

声とは裏腹に強く念じる。なにを投げ売ってもいいから、アンリを助けたい。その一心だった。

(お願い! お願い!)

傷口にあてた手に全神経を集中させる。


「エリーヌ様……?」


その鬼気迫る姿を見たアガットは、信じられないものを目の当たりにした。
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