皇帝陛下がやっぱり離縁したくないと言ってくるのですが、お飾り妃の私が伝説の聖女の生まれ変わりだからですか?
視線を泳がせ、妙な間を空けてアンリが口にした名前で、エリーヌの鼓動はあり得ないほど高鳴った。
吸い込んだ息でひゅっと音が出る。


「マ、マティアス様、はい、出てきました」


その登場人物を知っている以上、エリーヌが見てきたのがただの夢ではないと考えざるを得ない。もはや疑う理由などない。前世の記憶なのだ。


「ほかには?」
「ミュリエルの父親や、マティアスの父親である国王……」


見てきた夢の記憶を頼りにぽつぽつと続ける。


「それだけ?」


アンリはねだるようにエリーヌの顔を覗き込んだ。じっと見つめる目は真剣そのもの。ほかにも誰かいないかと探りを入れるよう。


「……ノーマンドという人も」


すでにマティアスと結婚しているミュリエルを妻として迎え入れようと画策した、隣国の王子だ。鉱山の利権を餌に、ミュリエルの母国とマティアスの国に争いを起こさせた人物である。
< 220 / 321 >

この作品をシェア

pagetop