皇帝陛下がやっぱり離縁したくないと言ってくるのですが、お飾り妃の私が伝説の聖女の生まれ変わりだからですか?
記録されているのは途中まで。後ろのほうは白紙だった。


「ここから先は命ある限り、私が記載していくのです。私亡き後は、フローレス家のべつの者が受け継いでいく」


先頭ページは今からおよそ五百年も前。歴史書では知り得ない事柄が詳細に記されている。もっとも新しいものは先日のアンリの一件だ。通常の歴史書であれば、わざわざ書き残さない小さなものである。


「上皇もこの書物の存在を?」
「いいえ、フローレス家以外の方のお耳に入れたのは陛下が初めてでございます」
「私に話してよかったのか?」


フローレス家にとって家宝とも言える品。それをやすやすとほかの者の目に触れさせてもいいのかと心配になる。
それも何百年もの歴史を刻んできた、由緒ある書物だ。


「陛下から〝マティアス〟や〝ミュリエル〟の名前が出た以上、黙ったままではいられませんので」
「しかしマティアスが王子であれば、私が目にした歴史の書にその名前が残っているはずだろう? 私はふたりの名を見た覚えはない」
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