私の好きな人には、好きな人がいます
水原のお小言を聞き流しながらそれをなんとはなしに眺めていると、先程D組に行った際に声を掛けてくれた転入生の男子生徒を見付けた。
(ということは、移動教室はD組かな!?)
愛華は椿が通るのではないかと目を凝らす。
そこに転入生の男子生徒に慌てて駆け寄る、一人の女子生徒がいた。それは先程椿に声を掛けていた髪がふわふわした女子生徒だった。
二人が愛華達のすぐ傍の階段を降りて行く。
「藤宮くん、待って!私も行く!」
転入生の男子生徒は藤宮という名前らしい。藤宮は女子生徒を一瞥し、そのまま階段を降りて行く。随分冷たい態度である。
そこにようやく愛華の待ちわびた声が聞こえた。
「おーい!美音!藤宮!おいて行くなよー!」
(あ!三浦くんだ!)
美音と呼ばれたふわふわの女子生徒は、椿を笑顔で待っている。
(めちゃめちゃ可愛い子だ…!)
ちょうどこちらに顔が見えるように立ち止った美音からは、優しそうで天然そうなほわほわとした雰囲気を感じた。
「ごめんね、椿」と言いながら椿が横に並ぶのを待っている。
(お、お互い下の名前で呼ぶのね…!)
今時下の名前で呼ぶことなど、男女関係なくしていることだとは思うが、愛華にとってはハードルが高く、特別な呼び方だと思っている。親しくないとまずできないだろう。
美音の横に並んだ椿が、ふとこちらに視線を向けた。もしかしたら愛華がじーっと見ていたせいで視線を感じたのかもしれない。
「っ!」
急に目が合って驚く愛華に、椿はにっと笑って手を振った。愛華もそれに倣って慌てて手を振り返す。
それだけのことで、愛華の胸はいっぱいになる。
(これがきゅんとするってことなのね…!)
愛華は心地よくとくとくと動く心臓に手を当てながら、手を振って笑ってくれた椿を脳内再生する。
(嬉しい、嬉しすぎる…午後も頑張れる…)
しみじみと感動している横で、「おい、聞いているのか?」と不機嫌そうに尋ねてくる水原に愛華はくるっと向き直る。
「水原くん!私、今日めっちゃがんばる!!」
「え?あ、おう…いつもその調子で頼む…?」
急にやる気を漲らせた愛華に拍子抜けする水原。愛華は放課後に向け、更に気合を入れるのだった。