私の好きな人には、好きな人がいます

 放課後のピアノ練習は、それはそれはもう捗った。


 昼休みの椿とのやり取りを思い出したり、適度に休憩を入れ、陸上部の椿の練習を見たり。やはり集中力の秘訣は適度な休憩と、好きな人の供給だと愛華は再確認した。


 連弾曲もそうだが、今日は自分のコンクール曲の練習にも熱が入った。もし椿が見に来てくれたら…そんな想像をしながら、会場にいる気持ちで演奏をする。


 愛華の課題曲は、フランツ・リスト作曲の「愛の夢 第三番」だ。もともと歌曲として作られた曲を、ピアノの独奏として編曲されたものである。ピアノの独奏はとてもしっとりとした調べであるが、なかなか情熱的な愛の歌詞が付いていたようだ。


 今の愛華にはとてもぴったりの曲だと思っている。


 恋をするとやはり演奏も変わるようで、ここのところレッスンでは先生に褒められることが多かった。


(私、いつからこんなに三浦くんのこと好きになっちゃったんだろう…?)


 始めはただ楽しそうに部活動をする姿が素敵だな、と思っただけだった。それがいつしか彼への興味に変わり、彼をもっと知りたい、彼に近付きたい、彼の見ている世界を一緒に見たいとまで思うようになってしまった。


(三浦くんが魅力的な人すぎるのがいけないんだよ)


 明るくていつも楽しそうで、見知らぬ愛華を助けてくれるほど勇敢で優しい。昨日だって椿は愛華のことを心配して声を掛けてくれた。先程も気が付いて手を振ってくれたのだ。


(こんなの誰だって好きになっちゃうよね!?)


 しばらく椿を想いながら真面目にピアノの練習をしていた愛華だったが、はっとして手を止めた。


「あ!今日は早めに終わらせて昇降口で待つつもりだったのに…!」


 時計を見て慌てて立ち上がった愛華は、勢いそのままにベランダに出る。どの部活動も片付けに入っていて、しかし陸上部の姿はもうないようだった。


「もう帰っちゃったかな…」


 はぁ、と重苦しいため息をついた愛華は、またピアノの前へと戻ってくる。


(お礼、また渡しそびれちゃった…)


 仕方ないまたにしようと、もう一曲弾いて帰ることにした。


 「愛の夢 第三番」のピアノの独奏は、この夕暮れに聴くのにとてもしっくりくるような気がする。そんなことを思いながら、夕焼けのオレンジが眩しく教室に反射する中、鍵盤から指を離した。


 するとどこからともなく拍手が聞こえてくる。


 愛華はびっくりしてピアノの影からドアの方へと顔を出した。

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