私の好きな人には、好きな人がいます
「柏崎さん、すげーな!ピアノ弾けるんだ」
「み、三浦くんっ!?」
そこにいたのは制服姿の椿だった。部活を終え、ジャージから制服に着替えてきたのだろうが、どうしてこんなところにいるのだろうか。
「ど、どうしてここに?」
「部活終わりに教室に寄って、そしたらなんかピアノの音が聞こえてさ、それがあまりに綺麗だったから見に来てみた」
「弾いてたの、柏崎さんだったんだな」と言って椿はいつものように笑顔を浮かべる。
(こ、こんな…最後の疲れた演奏を聴かせてしまったぁ…)
愛華は恥ずかしさと照れがない交ぜになり、頬を赤く染めた。もちろん、椿が綺麗な音と言ってくれたことにも嬉しくて飛び上がりたい気持ちでもあった。
「習い事って、ピアノだったんだ?」
「う、うん!」
この前習い事で帰りが遅くなったと話したことを、椿は覚えてくれていた。そんな些細なことが愛華には喜ばしい。
「あ、あ!三浦くん!」
愛華は慌てて立ち上がり、ピアノの足元に置いていた小さな紙袋を手に取る。それを椿の目の前へと差し出した。
椿はきょとんと不思議そうに首を傾ける。
「あ、ああのこれ!」
「ん?」
「この前、助けてくれたお礼!」
「え!気にしなくていいって言ったのに」
「迷惑だったら捨ててもいいので!!」
「そんなことしないって。わざわざありがとう、柏崎さん」
椿に間近で笑顔を向けられ、「えへえへ」と奇妙な笑いを零してしまう愛華。
「開けていい?」と愛華に許可を取りつつ、すでに紙袋に手を突っ込む椿。
「あ、うん!もちろん」
タオルを取り出した椿は、「おーめっちゃ部活で使えそう!俺、陸上部入っててさ、タオル結構使うんだ。すげー嬉しい!」と喜んでくれた。
陸上部に所属してらっしゃることは存じております…と思いながらも微笑みを返す愛華。
次いで一緒に入っていたお菓子も、椿は「腹減ってるから今食べちゃお」と言って美味しそうに頬張っていた。
(喜んでもらえてよかった!)
お菓子を食べ終えた椿は、「あ、そうだ」と言って愛華に向き直った。
「俺もう帰るけど、柏崎さん一緒に帰る?」
「へ…?」
椿からのお誘いに、愛華の思考は暫し停止してしまう。しかし思考が停止しているとて、口からは反射的に何の迷いもなくすらっと言葉が飛び出していた。
「一緒に帰ります!」