私の好きな人には、好きな人がいます
「そっか!椿の友達だったんだね。椿、友達多いからなぁ。あ、名前も名乗らずにごめんなさい!私、佐藤 美音っていいます!」
美音が自己紹介しながら頭を下げる。愛華もそれに倣って「柏崎 愛華です」とぺこりとお辞儀した。
「えっと、美音さんも椿くんのお友達?」
この質問はひょっとすると失恋する恐れがある。しかし愛華にはもしかして、と思うところがあった。
愛華の質問に、美音はあっけらかんと答える。
「私と椿、幼なじみなんだ!」
(幼なじみ…!)
「家が隣同士で、小さい頃から一緒なの。それだけだよ」
美音の言葉からは、私と椿は付き合っていないので安心してね、というようなニュアンスが感じ取れた。
(私が椿くんのこと好きなの、もしかしてバレてる…?)
美音の雰囲気や所作からして、少しおっちょこちょいなイメージだ。鋭そうな感じはしなかった。もしかしたら小さい頃から誤解されてきたのかもしれない。それはそれで愛華にとっては羨ましい限りであるが…。愛華が椿に想いを寄せていることに気が付いているのかいないのかは、いまいち判断がつかなかった。
愛華と美音の会話が一段落したとみたのか、藤宮が美音へと問いかける。
「そのノート、どこに運ぶんだ?」
「あ、社会科教務室に」
答えを訊くやいなや、藤宮はノートの山を抱えてさっさと行ってしまう。
「あ、待って藤宮くん!」
慌てた美音は藤宮を追いかけようとして、しかしくるりと愛華を振り返った。
「愛華ちゃん、手伝ってくれてありがとう!またね!」
「あ、うん、また」
「藤宮くん待って!」と藤宮を追いかける美音は、何だか嬉しそうだった。その様子を見て愛華は密かに確信する。
(美音ちゃんって、もしかして藤宮くんのことが好きだったり?)
美音の態度からはそんな風に感じた。藤宮が美音をどう思っているかは分からないが、彼も彼女を気に掛けているように見える。
(気に掛けてなかったら、ノート持って行ってあげたりしないよね)
二人が去った廊下で、愛華は一人にんまりとしてしまう。微笑ましい二人である。
美音が椿の恋人ではないことに愛華は安堵した。愛華に有利な可能性のある質問ではあったが、それでも多少なりとも緊張はした。
(よかった…椿くん彼女はいなさそう)
先程までの不安はどこへ行ってしまったのか、今ではその影すらない。
恋する乙女の感情は、忙しいものだ。
(今日も、椿くんに会えるかな…)
廊下の窓から見える空は雲一つない晴天であった。