私の好きな人には、好きな人がいます
愛華はボロネーゼのパスタを、水原は和食御膳を食べた。
少し食休みをしてから、二人で楽譜を見ながら今日の演奏の反省会をする。しかしそれも珍しく早々に終わり、水原は楽譜を閉じた。
「愛華、何かあったのか」
「え?」
水原の突然の質問に、愛華は彼を見つめる。
「えっと、何かって?」
「今日の演奏、全く愛華らしくもない。愛華の演奏は駄目なところは多々あるが、今日みたいなろくでもない演奏をしたことは一度もなかった」
「ろくでもないって…」
「何か集中できない要因があったんじゃないのか」
その通りである。今日愛華が演奏に集中できなかったのは、ぼろぼろにされた楽譜のせいだ。気にしないように努めてみても、やはり頭の片隅では気になって仕方がなかった。
「まさか好きな男にフラれた、とかいう本当にろくでもない要因ではないだろうな?」
「ち、違うよ!」
椿にはフラれていない。寧ろ順調と言ってもいいくらいに、彼とは結構話せている。たまに駅で会うこともあって、その度に一緒に帰ったりもしているのだ。
(ああ、椿くんに会いたい…)
愛華は椿に流れようとしている思考を、仕方なく水原に戻した。
「じゃあ何が原因だ?何かあったんだろう?」
「う、ううーん」
愛華が話すべきか考えあぐねていると、「いいから話せ。これ以上お前の演奏が駄目になったら俺が困る」という水原の辛辣な言葉で、愛華は渋々重い口を開いた。
「ロッカーに置いていた楽譜が、しわくちゃになってたの」
「?それほど愛華のロッカーが乱雑で、汚いということか?」
「そうじゃなくて!なんていうか、人の手でくしゃくしゃにされたみたいな感じで…」
「ふむ」
「水原くんはどうせ私のせいだって、思ってるんだろうけどさっ」
「……いや、それは故意的にされたことかもしれない」
「へ?」
水原の口から出てきた言葉に、愛華は耳を疑う。
「信じてくれるの?」
「ああ」
水原がこんなにも物分かりがいいだなんて、珍しいこともあるものだ。彼のことだから愛華の気のせいだとか、自分のせいじゃないのかとかそういうことを言われるのではないかと思っていた。