私の好きな人には、好きな人がいます
「今日の水原くんどうしたの?美味しいご飯を食べて気分がいいとか?」
いつも辛辣な言葉をぶつけられているのだ、少しからかってやろうくらいの気持ちだったのだが、水原は眉間に皺を寄せてはいたが、愛華の言葉にはなんとも思っていないようだった。
「他にも事例がある」
「え?」
「愛華と同じように、楽譜にいたずらされたり、ロッカーをぐちゃぐちゃにされたりってことだ」
「え、本当?」
愛華は声を潜めると、前のめりになって尋ねる。ファミレス内に同じピアノ教室のメンバーはいないようだったが、思わず辺りを確認してしまう。
「ついこの前、誰かが一本ペンがないと言っていて、その後はやたらロッカーが荒されていると怒っていた。あとは同じように楽譜がぐしゃぐしゃにされていたとか、破けていたとか聞いたな」
「そう、だったんだ…」
全く知らなかった。被害に遭ったのは愛華だけではなかったのだ。
「水原くんも?」
「いや、俺はなんの被害も受けていない」
「そう…」
被害者にどのような共通点があるのかは分からないが、愛華と同じように被害に遭った人が数人いるようだ。近々ロッカーに鍵を設置する予定であるらしい。
「全く幼稚なことだ。なんのために先生のところに来ているんだか」
水原が腕を組みながら憤慨したように鼻を鳴らす。堅物すぎる水原にとっては、到底理解できないのだろう。しかし愛華が思うに、嫉妬や羨望もあるのではないかと思う。愛華がその対象になるとは思えないが、やはり才能を持っているな、と感じる生徒も多くいる。シビアな世界だ。ストレスの発散に八つ当たりをしている人がいるのかもしれない。
何の解決になったわけでもないが、愛華の心は少しだけ軽くなっていた。
「もしかして水原くん、私を元気付けようとご飯に誘ってくれた?」
まさか水原がそんなことをするわけがないとは思いつつも、もしかしたら少し気に掛けてくれていたのかな、などと思ってしまう。
水原にしては珍しく少し照れたようにそっぽを向いた。
「当然だろ。俺の連弾相手なんだから、これ以上下手な演奏をされたら困る」
「ふふ、うん、ありがとう」
全く素直ではない水原に苦笑いしつつも、気に掛けてくれた優しさに愛華は素直に感謝した。