私の好きな人には、好きな人がいます
8話 ピアノの発表会の裏側
朝から雲一つない晴天に恵まれ、風もなく、心地の良い晴れ空の広がるその日。
ついにピアノ教室の発表会の日を迎えた。
小さなピアノ教室の割には、コンサートホールは大きく、来客も多かった。大抵のピアノ教室の発表会は、家族や友人が聴きに来てくれるくらいのものなのだが、教えてくれている先生が先生なので先生の知人や、音楽関係者、音楽評論家なんかも来ていて、思ったよりも規模が大きくなっていた。
そんなわけでもしかしたらこの発表会を見に来ていたどこかしらの著名人から何かしらのお声が掛かるかもしれないので、ピアノ教室の発表会といえど、生徒達はかなりの緊張感を持っていた。過去にこの発表会で海外留学が決まった人もいたらしい。
発表会やコンクール馴れしているとはいえ、愛華ももちろん多少なりとも緊張していた。特に今回は水原との連弾だ。失敗するわけにはいかない。
発表会用のドレスに着替えた愛華は、最後にもう一度譜面をさらう。
ロッカー等のいたずらの件はあれから収まっているらしかった。ロッカーには鍵が付いたし、みな不要なものはなるべく持ち帰るようになったようだ。
愛華が小さな控室で楽譜と睨めっこしていると、廊下から何やら声がした。何事だろうかと廊下に顔を出すと、廊下の椅子にぐったりとしている麗良が座っていて、その背中を水原がさすってやっていた。麗良の顔色はかなり悪い。
「麗良ちゃん!大丈夫?!」
愛華の問い掛けに返答することなく目を瞑ったままの麗良。代わりに水原が説明してくれた。
「胃痛が酷いみたいだ。恐らく緊張からだとは思うが」
「そっか…」
愛華は何か自分にできることはないかと思案する。苦しそうに目を開けた麗良の瞳が愛華を捕らえた。
「愛華ちゃん、大丈夫だから…。水原くんも付いていてくれるし、ごめんね…」
「ううん!何かできることあったら言ってね」
「うん…ありがとう愛華ちゃん」
麗良のことは心配だが、水原も付いている。体調の悪い時に声を掛けられるのはしんどいだろう。ここは彼に任せて、自分の発表に集中することにする。
程なくして麗良ともう一人の女子生徒が呼ばれ、二人のピアノ連弾の発表が始まった。
先程までかなりぐったりしていた麗良ではあったが、演奏には何の支障もなかったようで、彼女らしい演奏ができているように愛華は思った。
発表順が次の愛華と水原は、並んで舞台袖で待機する。