私の好きな人には、好きな人がいます
「緊張しているか?」
水原が少しからかうような目で愛華を見る。愛華は強気にふんっと鼻を鳴らしてみせた。
「全然!いつも通り演奏するだけだし」
「いつも通りじゃ困る。いつもよりも最高の演奏をしてもらわないと」
「はいはい分かってますよーだ」
水原の前では強気に見せた愛華だったが、次が自分の演奏だと思うと、やはりさすがに心臓がドキドキ言い出した。それを宥めるように深く呼吸を繰り返す。
(大丈夫。あれだけ練習したんだもん。絶対に上手くいく)
愛華はそう自分に言い聞かせる。
(もしこの場に椿くんがいて、もし私の演奏を応援してくれたのなら…)
愛華は椿がこの舞台袖にいて、自分を鼓舞してくれるところを想像してみる。
(大丈夫だよ、って優しく言ってくれて、きっと元気付けるように笑ってくれる)
グラウンドでいつも楽しそうに走る椿を思い出す。
(椿くんなら、楽しめばいいじゃん、ってそう言ってくれそうな気がする)
そんな妄想をしている愛華の頭を、乱暴に撫でる手があった。
驚いた愛華は、その手の主の方を見上げる。
滅多に笑わない水原が、愛華に向けて優しく微笑んでいた。
「楽しんで弾けばいい。愛華はそれで十分だ」
愛華が何か言い返す前に、会場に大きな拍手が響き渡る。麗良たちの演奏が終わったようだ。
「行くぞ」
水原の言葉に力強く頷いた愛華は、二人で並んで舞台に上がった。