私の好きな人には、好きな人がいます

 購買部は昼休みの大混雑と違って、閑散としていた。それもそうである。もう放課後なのだから、買いに来る生徒はほとんどいないだろう。


 愛華は並べられているお菓子の中で、抹茶の生チョコを見付けたのでそれを手に取る。


(椿くんは抹茶味って好きかな。買っていってみようかな)


 抹茶味のお菓子は好みが分かれる。椿は基本的に好き嫌いがなさそうではあるが、もしあまり好みの味でなかったら迷惑になるだけだろう。


(やっぱり普通にチョコ味にしよう!)


 無難に同じ生チョコシリーズのミルクチョコ味を購入した。


(なにかメッセージでも添えて、椿くんの机の中にでもこっそり入れておこうか?)


 この前購買でパンを買ってもらったし、発表会でも脳内椿に応援してもらった。バレンタインには少し早いが、日ごろのお礼として渡すのはどうだろうか?


(そうだ、そうしよっ)


 購買でチョコを買った愛華は自分のクラスに行って、ロッカーに入れていたネコの付箋を一枚取り出した。A組の自分の席へと腰を下ろすと、付箋に椿へのメッセージをしたためる。


(椿くんへ いつもお世話になってます。部活無理せずファイト! 愛華っと。こんな感じかな)


 メッセージを書いた付箋をチョコレートに張り付けて、しばしそのチョコレートを見つめる。


(あれ…これってめっちゃ恥ずかしい?普通こういうのってあまり男の子に渡さない?もしかして私の気持ちバレる?)


 愛華の身の回りでは普通のことである。みなそれぞれ違う楽器をやっていて、もちろんコンクールや発表会の日も違う。邪魔しないようにこっそりこうやって友人を応援したりするのだが、男子に渡すとなると、また意味合いが違ってくるような気がした。


 愛華は教室で一人赤面しつつも悩んではいたのだが、(いや、私の気持ち、少しは気付いてもらった方がよくない?椿くんきっと女子の友達も多いし、少しは意識してくれるかも!)とポジティブな考えが浮かぶ。友人でもあるのだから、こんなこと普通普通、と言い聞かせる。


「よし!行こう!!」


 行動力のあるうちに、気の変わらぬうちに渡してしまおう。


 D組に誰かまだ残っているだろうか。その人に椿の席を訊いて、こっそり机の中に入れて…と段取りを脳内でつけながらD組へと脚を向ける。


 するとC組を過ぎた辺りで、D組から声が聞こえてきた。


(あ、良かった!誰かいる!)


 残ってる人に椿の席を訊こう、そう思ってD組の後ろのドアに近付くと、中から聞こえてきたのは愛華の大好きな声だった。


(なんだ、椿くんまだ教室にいたんだ!)

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