私の好きな人には、好きな人がいます
「つ、…」と呼び掛けようとして、愛華は慌てて後ろのドアに隠れた。
「おい、藤宮。聞いてんのかよ」
愛華はそろーりと教室内を覗く。
そこにはジャージ姿の椿と、相変わらずだるそうにだぼだぼのカーディガンを着ている藤宮が向かい合っていた。この前みたいな軽い言い合いという感じではなく、なんとなく空気が重い気がして愛華は思わず隠れてしまったのだ。
(まさか喧嘩?)
どれほど仲が良くても、もしかしたらそういうこともあるのかもしれない。
椿と藤宮は正反対のタイプであるが、なんとなく馬が合いそうだと思っていた愛華には少し意外だった。
「うるさいな…」
藤宮が鬱陶しそうな声を出す。
やはり喧嘩しているのかもしれない。
(と、止めに入るべき!?男の友情って喧嘩を経て育まれるものだったりする?!)
愛華は混乱する頭ではらはらと二人を見守る。
すると椿がうんざりしたようにため息をついた。
「お前がどう思ってるか知らないけど、俺、美音に告白するから」
(え……?)
愛華には時が止まったように感じた。
(椿くん、今なんて…?美音ちゃんに告白する…?)
美音に告白する、確かにそう聞こえた。それはしっかり椿の声で、はっきりと。
愛華は力なくその場にぺたんと座り込んでしまう。
(…そうだよ、なんで考えなかったんだろう。美音ちゃんは幼なじみだって言ってただけだけど、椿くんが美音ちゃんを好きな可能性だってあった。二人はとても仲が良さそうだったし。でもそれは幼なじみだからだと思ってた。小さい頃から一緒にいる家族みたいな延長で…。でもきっとそれは椿くんにとっては違ったんだ。……そっか、椿くんはきっと、美音ちゃんだけを名前で呼ぶんだ…)
愛華のことは、さん、付で、名前で呼んでと言った時も少し困ったような顔をしていた。それは、美音だけが「特別」だからだったのだ。
(椿くんはずっと、美音ちゃんのことが好きだったんだ……)
あんなにも椿のことを見ていたというのに、どうして気付けなかったのだろうか。いや、愛華はなんとなく気が付いていたのかもしれない。
陸上部の練習をしている時も、ふと遠くを見ていることがあった。それは、サッカー部のマネージャーである美音を見ていたのだ。美音からノートを借りる時も、嬉しそうにしていたし、美音を見る椿の目は、愛華を見る目とは全然違った。好きな子を愛おしそうに見る目だ。
幼なじみを恋愛対象として見るか、そう訊かれた時もあったじゃないか。あれは椿のことだったのだ。
愛華の目から、一筋の涙が流れた。
告白する前に、愛華は失恋したのだ。