私の好きな人には、好きな人がいます
愕然とする愛華に藤宮の声が届く。
「勝手にすればいいだろ」
話は終わりだ、とでも言うかのように藤宮が言葉を投げる。足音がすぐ近くまでやってきていた。
(立たなきゃ…見つかっちゃう…)
しかし愛華の脚には全く力が入らない。
教室から出てきた藤宮と目が合う。藤宮は一瞬驚いたように目を見開いて、ため息をつきながら愛華の腕を引っ張った。
「あ…」
そのまま軽々と愛華を立たせると、渡り廊下の影まで引っ張っていく。そこでもまた盛大にため息をつかれた。
「聞いてたのか」
「う、うん…」
立ち聞きしていたのと、泣いていたところを見られた愛華は、とても居たたまれない気持ちである。しかも藤宮とはほとんど話したこともない、顔見知り程度の仲だ。
愛華は何も言えずに黙り込む。本来なら椿に見つからないようここまで連れてきてくれたことにお礼を言わなくてはいけないのだが、どうにもうまく口が回らない。どころか頭すら回っていない状態だ。
「三浦は多分ずっと、佐藤のことが好きだ」
「…うん…」
愛華も先程思ったことを、藤宮は口にする。
「佐藤も三浦のことが好きだと思うから、両想いなんだろう」
「…………?」
「だから、諦めろ」
それじゃ、と冷たく去って行く藤宮。諦めろ、その言葉はまるで自分に言い聞かせているかのように聞こえた。
愛華はてっきり美音は藤宮が好きなのではないかと思っていた。けれど、そんな確証はない。
藤宮は多分愛華の気持ちに気が付いている。その鋭い藤宮が、美音の気持ちに気が付かないなんてことがあるだろうか。
藤宮の背中を見送って、ようやく愛華は少し冷静に物事を考えられるようになってきた。スカートのポケットからハンカチを取り出し、慌てて涙を拭う。
(私の恋、終わっちゃったんだ…)
椿は美音が好き。愛華の入る余地はない。これが現実だった。
漠然と虚無感に押し潰されていくような気がした。心にぽっかり穴が空く、とはこういうことなのだろうか。
また涙が零れだしそうになって、愛華は上を向いた。