私の好きな人には、好きな人がいます
愛華のお腹には誰かの腕が回っており、おそらくこの誰かが転落寸前の愛華をホームに引き戻したのだろう。
愛華は慌てて後ろを振り返る。
「す、すみません!ありがとうござ、」
そこまで言って、目の前にある男性の顔に、愛華は驚いて飛び上がった。
「ひえっ!?」
愛華の上げた悲鳴に何を勘違いしたのか、彼も慌てて愛華のお腹に回していた手を離した。
「わ、悪いっ!」
愛華はその彼の顔をまじまじと見てしまう。何故ならそこにいたのは、いつも音楽室のベランダから見ていた陸上部の彼だったからだ。
(う、嘘…私を助けてくれたのって、この人?)
嬉しさと驚きで愛華は言葉が出てこない。
(まさかこんな風に話すことができるなんて…!しかも命の恩人!)
そんな愛華を心配そうに覗き込む彼に、更に緊張して何も言えなくなった。
「えっと、平気か?おーい」
ぼーっとしてしまっている愛華に対して、彼は愛華の顔の前で手をひらひらさせる。
「あ、はい!へ、平気!ですっ!あの、ありがとうございました!」
愛華は深々と頭を下げる。
その様子に彼もようやく安心したのか、ほっと胸を撫でおろしたようだった。
「よかった…怪我とかしてない?」
「はい!大丈夫です!」
少しお尻が痛い気もしたが、彼が支えてくれたおかげで痛みはそれほどない。寧ろ彼の方が怪我をしていないか心配だ。
「あの!あなたは怪我ないですかっ!?」
「俺は全然大丈夫!」
そう言って笑った顔は、やっぱりいつも音楽室のベランダから見ていた彼だった。
(こんなところで会えるなんて…!)
危ない目に遭ったと言うのに、愛華の頭の中は彼でいっぱいになった。
(私の命の恩人…!やっぱりこの人が、私の運命の人なんだ…!)
運命の人、だなんて高校生にもなって少々幼稚かとも思うが、愛華にとっては大切な初恋である。しかもその初恋相手に命まで助けてもらったとなれば、ますます目がハートになるのも当然だろう。
その時の愛華は肩にぶつかった誰かの悪意に気付くはずもなく、ただただ浮かれていたのだった。