私の好きな人には、好きな人がいます

 それからひとしきり泣いて、愛華はようやく少しスッキリしたような気がした。


 失恋の痛みも、コンクールの失敗も、やっと外に吐き出せたのだ。痛みが消えることはないけれど、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。


「落ち着いたか?」


 水原に差し出されたハンカチを受け取りながら、愛華は目元の涙を拭った。


「う、うん…」


 水原の前で思い切り泣いてしまったことに、少しの羞恥を覚える。


 しかし彼は一切馬鹿にしたりなんかせず、愛華が落ち着くのを待ってくれていた。


「あ、ありがとう水原くん…それと、酷い事言っちゃってごめんなさい…」


 愛華が水原を窺うように謝罪を口にすると、水原は「構わない。誰だって情緒不安定な時くらいあるだろう」と返答した。


(もっとお小言があるかと思ってたのに…)


 意外に思いつつも、水原なりに愛華を気遣ってくれたのだろうと思う。今はその心遣いが有難い。


「この前も言ったが、」


「うん?」


「俺は愛華の演奏に一目置いている。連弾の発表会も素晴らしい演奏だった。以前から愛華の演奏が好きだったんだ。だから先生に連弾の発表は愛華と組ませてほしいとお願いした。俺の思った通り、最高の演奏だったよ」


「え…いや、今まで一回もそんな話聞いてないよ!?そんな風に思ってくれてたの!?」


「ずっと思ってたよ。言ってなかったか?」


(初耳ですけど!?)


 水原が愛華の演奏に一目置いてくれていたなんて、愛華としては驚きでいっぱいだった。


(だって水原くんの方が絶対上手だし、私の演奏のいいところなんて…)


 しかしどうやら水原は、愛華の演奏が好きらしい。面と向かってそんな風に言われたことのなかった愛華は、遅れて照れくささがやってきた。


「そ、そうなんだ…もっと早く言ってくれればよかったのに…」


 水原に褒められれば、もしかしたら愛華のモチベーションにつながったかもしれない。今は失恋に勝るものはないかもしれないが。


「そうか。今度からははっきり言うよ」


「うん、そうしてくれると助かる…」


 水原は練習に厳しく、愛華の演奏に対してもお小言ばかりだった。一目置いていたなんて、どうしたらわかり得ようか。


「はっきり言うついでに、もう一つ言っておきたいことがある」


「うん、なに?」


 この際なのでもうなんでもはっきり言ってほしい。心が弱っている今、お小言は勘弁だが、迷惑を掛けてしまった手前、甘んじて受け入れる気持ちではある。

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