私の好きな人には、好きな人がいます

 水原は愛華を正面から見据えると、表情も変えず、いたって真面目にこう言った。


「愛華のことが好きだ。わけわからん男のことは忘れて、俺にしておけ」


「…………………はい?」


 水原はうまく伝わらなかったと解釈したのか、もう一度丁寧に言い直す。


「愛華が好きだ。俺と付き合え」


 水原の言葉にきょとんと目を丸くした愛華は、丸々一分間くらいはフリーズしていた。


(好き?水原くんが?私を?好き?)


「え!?水原くんが私を好き!?!?!」


 あまりに信じがたい言葉だったので、愛華の理解はかなり遅れてしまった。


「そう言ったんだが、伝わらないのか?」


「私のピアノじゃなくて?」


「それもそうだが。愛華自身が好きなんだ。恋愛的な意味で、性的に」


「うぐっ…!」


 水原のストレートな告白に、愛華は今更ながらに赤面した。


(嘘じゃないよね?水原くんが私を好きだなんて…。だってそんな素振り全くなかったよ!?)


「こ、この前まで恋愛馬鹿にしてなかった!?」


 連弾の練習の前に、恋がどうのと言っていなかっただろうか。


「馬鹿にした覚えはない。ただ愛華の場合、失恋でもしたらすぐに演奏に支障をきたすのではないかとは思っていたが…案の定だったな」


「うっ…」


 水原との付き合いはなんだかんだで長い。水原には愛華のことはお見通しであるようだった。


「で、どうするんだ?」


「どうするって?」


「俺と付き合うのか、付き合わないのか」


「ええっ、それって今すぐ返答しないといけないの!?」


「早ければ早い方がいいだろう」


「そういうもの?」


「そういうものだ」


 恋愛初心者の愛華は初恋もしたばかり。告白されたのだって今回が初めてである。


 しかし幼少から一緒に過ごしてきた水原のことを、愛華は恋愛対象として見たことがなかった。ピアノ仲間であり友人であり、時に切磋琢磨するライバルでもあった。


 そんな彼から突然告白され、早く返事をしろ、と言われても、愛華には難しいことであった。


(あ…この前椿くんと話してた例え話が、本当になっちゃった…)


 愛華は頭を振って、意識を椿から水原に戻す。


「うーん、そんなこと言われてもなぁ。私、水原くんのことそういう目で見たことなかったから」


 愛華が正直に話せば、水原は「ふむ」と言って腕を組んだ。


「だったら猶予をやろう。俺を恋愛対象として見て、それから返答を考えてくれ」


「う、うん。分かった」


 水原から告白してきたはずなのに、やけに冷静で淡々としている。そしてなんだか偉そうでもある。普通はもっと赤面したり、恥ずかしさで上手く言葉が出てこなかったりするものではないのだろうか。水原らしいと言えば水原らしいが。


 水原に限ってからかってきたりはしないと思うが、念のためもう一度丁寧に確認してみる。


「水原くん、…本当に私のことが好きなの?」


「ああ、本当だ。俺は愛華が好きだ」


 水原の照れも隠れもしない態度に、逆に愛華の方が恥ずかしくなってきた。


「そ、そっか、うん。分かった」


 どうやら水原は本気なようである。水原らしい告白と言えばそうであるが、もっとこう雰囲気やら情緒やらもう少しどうにかならなかったのだろうか。


「この後はレッスンに行くだろう?」


「う、うん…」


「なら一緒に行こう」


 そう手を差し伸べる水原に、愛華は戸惑いながらもそっと手を乗せた。


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