私の好きな人には、好きな人がいます

 いつものように学校からピアノ教室までの道のりを歩く。


 隣には水原がいて、さっきのこともあり、愛華は何だか落ち着かない気持ちだった。


 隣を歩く水原をこっそりと窺う。


 彼は相変わらず凛としていて、姿勢よく前を見据えている。ほとんど笑うことがなく、いつも無表情か仏頂面ではあるが、そこそこ整った顔立ちをしている。見た目だけならモテていた気もする。彼の中身を知ってまで好きになる女子は少なかったが。


(水原くんが、私のことを…。全然気が付かなかった…)


 いつから愛華に想いを寄せていたのだろうか。水原のことだから態度や表情に出すことは決してないだろうが、水原にもきっと、愛華を好きになったきっかけがあったのだろう。愛華が椿を好きになったように。


(椿くん…元気にしてるかな…)


 彼のことだ。きっと今日も変わらず元気にグラウンドを走り回っているだろう。


(美音ちゃんには、告白したのかなぁ)


 椿のことを考えると、やはり胸の奥がズキリと痛んだ。


 好きな人には、好きな人がいる。


 それは愛華にはどうしようもなくて、失恋したことには変わりないことだった。


 愛華がまた気落ちしそうになっていると、水原がふと口を開く。


「その椿とかいう男は、どんな奴なんだ?」


「えっ!椿くん!?なんで知ってるの!?」


「何でも何も、さっき散々喚いていたじゃないか。その中で愛華は椿くん、と固有名詞を出していた」


(う、そ、そうだったかな?そうだったかもしれない…)


「で、どんな奴なんだ?愛華を泣かせるような最低な男なのは分かり切っているが」


「な!最低だなんて…!椿くんは……」


 明るくて優しくて、友達想いで。陸上に一生懸命で、いつも楽しそうで。愛華が危ない時、身を挺して助けてくれた。気さくな態度も、優しい声も、素敵な笑顔も。愛華にとってはそのどれもが大好きだった。


 でもそれは、美音がいるからこそ、成り立っていた姿なのかもしれない。


 椿もまた、美音に好かれようと努力した結果、今のような彼になったのかもしれない。


 真意は分からないけれど、恋は人を変える。


 真面目でピアノ一筋だった愛華でさえ、多かれ少なかれ変わったのだ。


 知らなかった感情を、たくさん知った。


 心の整理はまだ全く付いていないけれど、この恋が無駄だったなんて絶対に思いたくない。


「まぁいい。どんな男だろうと、愛華を幸せにできるのは俺だけだろうから」


 水原の自信たっぷりな発言に、愛華はまた頬が熱くなるのを感じた。


(水原くんて…羞恥心って知ってるのかしら!?)


 言われた愛華の方が恥ずかしくなって、俯いてしまう。


 こんなにストレートに気持ちを伝えられて、嬉しくないわけがない。


 もしかしたらタイミングさえ合えば、愛華が水原を好きになっていたかもしれない。


 しかしまだ愛華の心には椿がいる。すぐに心を決めることはできそうになかった。


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